ギルドと薔薇十字団 その2::歴史雑学
FC2ブログ

ギルドと薔薇十字団 その2

2009-02-21 ; 歴史雑学

少し空いてしまいました・・。前回の記事は、こちらになります。

社会的な背景から、地下組織は発展していきました。薔薇十字団もそんな地下組織の一つでした。

●薔薇十字団

「古代アトランティスの長老たちの叡智の全てを、神は秘密組織を作ってその秘儀の中に託そうと計画した。そうして薔薇十字団が創設され、計画の推進者にローゼンクロイツが選ばれたのだ・・・



これは、人智学の創始者ルドルフ・シュタイナーのお言葉である。
あ・・、あやしい・・・あやしすぎる・・。
まあ、それはおいておいて、薔薇十字団に話を戻すと、薔薇十字団は一説によれば15世紀から、ひそかに活動を行っており、団員は絶対的秘密を守る誓いを立てていたので、組織の存在はある時期までほとんど知られなかった。
1614年に「世界の改革」(著者ヴァレンティン・アンドレといわれているが詳しくは不明)が出版された。その付録として「薔薇十字団の伝説」という書物が刊行され、翌年には「薔薇十字団の信条」が刊行される。
この謎に満ちたこの三つの著作が、これまで秘密に包まれていた薔薇十字団の一部を世に知らせることになった。
この三部作は、西欧社会で話題となり、その後もたびたび版を重ねることになる。この著作で薔薇十字団に興味を持った人々は、なんとかしてその秘密を暴こうと試みた。
(有名どころでは哲学者のデカルトとかも入会しようと試みている・・。なにやってんだか・・まあ、この人ほど変ではないが・・)
しかしながら、誰も十字団の本部がどこにあるかわからず、薔薇十字団の名を語って金品をかすめる詐欺師まで出てくる始末だった・・・。

1622年には、パリの通りに薔薇十字団同士会のサインのあるポスターが貼られる事件が起こった。
このときもまた、薔薇十字団の正体をつかむことはできなかったという。

全く正体をつかめない集団であった薔薇十字団。では、この三部作にはどのようなことが書かれていたのだろうか。内容を軽く見てみると。
・クリスチャン・ローゼンクロイツの生涯
1378年に生まれ1484年に死去。ローゼンクロイツは、ドイツの貴族の家に生まれ、早くして両親と死別する。
そのため幼児期を修道院で過ごした後、16歳のとき知識の欲求に狩られ東方旅行に出発する。
ダマスカスまでやってきたとき、彼は世界地図に記載されていないダムカルという謎の都市を訪れ、カバラ学や錬金術に通じた神秘主義者たちが集まっている場所で東方の聖なる秘密の知識を学んだ。その秘密の知識は「Mの書」という書物の中にまとめられている。
それから三年後、今度はフェス(モロッコの都市)を訪れ、ここでも賢者たちと交流し、様々な知識を身につけた。
特に彼が積極的に身につけたことは、自然界の精霊と自由に交信する方法で、土や火などの精霊たちと触れ合い、自然界の大いなる秘密を我が物にしたという。
こうして、古代アトランティス以来のあらゆる叡智を身につけたローゼンクロイツは、世界改革という大きな使命を帯びて、ドイツに帰還する。
しかし、世界はまだ神が地上に送り込んだこの男の偉大な叡智を受け入れる用意ができていなかった。
ローゼンクロイツは西欧の賢者や王族たちに、自ら翻訳した「Mの書」を進呈して理想郷の実現を訴えた。しかし、返ってくるのは冷笑と軽蔑だけあった・・・・。
改革の機がまだ熟していないと悟ったローゼンクロイツは、自ら院を作り、そこに引きこもって研究生活を送ることにした。「精霊の家」と名づけられた院には、やがて少数の忠実な弟子が集まってきた。

長いので・・彼の伝記は次回へ・・。
すでに・・読む気もうせたという賢明な皆様方・・もう少しローゼンクロイツの妄想にお付き合いください・・・。


FC2 Blog Rankingに参加しております。クリックするとランキングに投票いたします。
関連記事
Entry Status
New >>
スエズ勅命
<< old
やる夫が地方のシステム会社に派遣されているようです

Comment

Post a Comment









管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://dolmeke.blog11.fc2.com/tb.php/989-7c9fec64

歴史ファンの大航海時代 Home | Page Top▲