ベリサリウスの会戦 対東ゴート戦争その2::人物列伝
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ベリサリウスの会戦 対東ゴート戦争その2

2009-01-18 ; 人物列伝

わずかな兵を率いてついにローマに入城を達成したベリサリウス。しかしながら、東ゴートは勢力を結集しローマに攻め入ります。
攻囲戦では抜群の才能を発揮したベリサリウスですが、守勢はどのように守るのでしょうか。
ローマ包囲戦に関しては以前あげた記事がありますのでそちらの焼き増しになります。

●ローマ包囲
こちらは詳しく書くと3話くらいになりますので、以前書いたまとめをそのまま焼き増しします。
期待していたわずかな方々すいません。
・ローマ軍 5000人(後に6500人の援軍) 指揮官 ベリサリウス
・東ゴート軍 45000~100000人 指揮官 ヴィティギス(国王)
◆概略箇条書き
1、ヴェリサリウスの偵察部隊とゴート軍がかちあう。しかしヴェリサリウス偵察部隊はゴート軍を退けローマに撤退。
2、ゴート軍攻城兵器を使い激しくローマを攻撃。市民も防衛に参加する中、ベリサリウスも射撃で敵司令官を狙う。(何気に弓の名手。何人かの司令官を射殺している)さらには、攻城兵器をひっぱる牛を集中的に弓で狙わせ、いくつかの攻城兵器を無効化した。
3、2の戦いでかなりの損害を被ったゴート軍は北方を攻囲するにとどまる。そのため南方が空いていた。ローマ市内に住む女性・子供・奴隷など非戦闘員はここから脱出する。この脱出があったため長い攻囲に耐えられた。
4、ローマ軍隙を見て出撃。ゴート軍に被害を与える。
5、ゴート軍、ローマの補給路を絶つ。ローマは飢餓に苦しみ、内通者まで出る。ベリサリウスは皇帝に援軍を要請。
6、ユスティニアヌス援軍要請に応える。しかしほんとに応えただけ・・。たった1000人とか何それ?食えるの?
7、ゴート軍も長い包囲のため飢餓と病気に苦しんでいた。ローマの援軍を見て厭戦気分が高まり、冬季の休戦に入る。
8、この休戦を逃さず、ベリサリウスはローマの交通網を整備し、ミラノの反乱を支援、ラヴェンナの背後に軍を派遣し破壊活動を行う。
9、538年東ゴート軍、ローマから撤退。ミラノ・ラヴェンナに兵力を裂き、ローマ軍別働隊(ラヴェンナを脅かした部隊)がこもる要塞を攻囲。(この兵力の移動の際の撤退の隙をついてローマ軍はゴート軍に損害を与えている。)
10、ナルセスのローマ精鋭部隊2万が到着。ローマ艦隊も到着。ベリサリウス隊も増強。これを受けて、ゴート軍はラヴェンナに撤退。しかし、ナルセスとベリサリウスの不和のためミラノの反乱はゴートによって鎮圧される。
romemap1.gif
↑当時のローマ市の地図。城壁がすごいです。

●ラヴェンナ制圧
ミラノを制圧したローマであったが、東ゴート王国の情勢を見たフランク族は1万を越える軍勢をもってミラノを攻略・略奪することに成功する。さらに10万を超える軍勢を北イタリアに送り込み、北イタリア一帯を蹂躙・略奪の限りをつくす。しかし悪行続かずというのか、疫病が蔓延しフランク軍は全滅する。
機をうかがっていたベリサリウスはフランクの自滅を見て、ついに東ゴートの首都ラヴェンナを包囲する。兵糧攻めをしている中、東ゴートからの使者がベリサリウスの元を訪れ、ベリサリウスにある提案をした。
「あなたほどの有能な将軍ならば、私(東ゴート国王)は喜んでその地位を譲ろう。そして、あなたこそ、西帝国(西ローマ)の皇帝にふさわしい。」と。
ベリサリウスの少数兵力でのすばらしい戦いぶりを身をもって知っていた東ゴート王と東ゴート軍は、ベリサリウスの元へならば喜んで従うと使者を出したのだった。
ベリサリウスは、これを快く受けたふりをし、ラヴェンナに入城すると、ユスティニアヌス皇帝を称えローマの旗をラヴェンナに突き立てた。
そして、ウィティギスを捕らえラヴェンナを占領したのだった。
しかし、あまりのベリサリウスの成功に嫉妬と彼に裏切られるのではないかという猜疑心が高まり、ユスティニアヌスはベリサリウスをイタリア征服目前で本国に召還することになる。
ベリサリウスの戦いは、シリアに移され、仇敵ササン朝ペルシアの英傑ホスロー一世になる。
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