ベリサリウスの会戦 対東ゴート戦争::人物列伝
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ベリサリウスの会戦 対東ゴート戦争

2009-01-18 ; 人物列伝

ヴァンダル王国を征服した東ローマ帝国。ヴァンダルは攻め入る理由が明確でしたが、東ゴートに関しては難癖をつけ攻め入ったため苦戦します。
国としても決して衰退期になかった東ゴート王国・・・。
対東ゴートこそベリサリウスの真価が試される戦いでした。
7月ごろにまとめた東ゴート戦争記事と重複する点が多々ありますので、リンクをはっておきます。
東ゴート戦争(翻訳)
東ゴート戦争(翻訳)その2

今回の会戦は

●対パレルモ攻囲戦
シチリア島は東ゴート王国より厚偶を受けていたが、ベリサリウスが現れるととたんに手のひらを返し、ローマを歓迎した。ただ、パレルモだけが抵抗の意思を見せたためベリサリウスはユスティニアヌスからもらったわずか7500の兵を持ってパレルモを攻略する。
今回も例に漏れず普通に攻めるには兵の数が少なすぎたので、ベリサリウスはパレルモの港を利用することにする。
ベリサリウスは船を港に突入させ、帆を支える柱から投石を行いパレルモを攻撃した。
(ローマの軍船の図を参照にしてください)
思いがけないところからの強襲を受け、パレルモはあっさりと陥落する。
ThDromon1.jpg
↑当時のローマ軍の軍船。

しかし同時侵攻していたヴェネチア近郊のダルマチアでの戦いはローマの敗北に終わり、和平に傾いていた東ゴートの態度は硬化することになる。
(こちらの軍を率いていたのはムンドという将軍で彼もベリサリウスやナルセスに比べれば劣るものの十分優秀な将軍です。彼ら二人の能力が不世出といえるまでに優れていたため目立ちませんが、ムンド自身は他の時代に生まれていたならば一国で一番優秀な将軍にもなりえた器です)
800px-Ancient_balkans_4thcentury.png
↑クリックで拡大します。ムンドは一度はダルマチアの中央にあるサローナを落としてます。

●ナポリ攻囲
北アフリカの反乱を鎮めたベリサリウスは例のごとくわずかな兵で、ナポリに攻め入る。
ナポリは当時としてはかなり堅固な要塞として有名で、普通に攻めればとてもじゃないが落とせる街ではなかった。
今回ベリサリウスが取った手段は・・・・。
まず陸・海からナポリを囲い込み、相手に対して心理的に脅かした後で、現在水が通っていない水路を利用し、そこから兵をナポリ内部に侵入させた。
予想外の内部進入を受けたナポリは陥落する。
ナポリは当時としても発達した都市で、ローマの大都市には整備されていた用水路が完備されていた。(中世になると用水路が整備されている都市は旧ローマ都市以外は皆無になるんですが・・)
その整備に目をつけたベリサリウスならではの奇策がうまくはまった戦いといえよう。
ナポリ攻略に成功したベリサリウスは、いよいよ永遠の首都ローマへ歩を進める。これに対し、東ゴートはローマを放棄し、ダルマチアへ行っていた軍も含め軍を結集する。
(当時の東ゴートの首都はイタリア北部のラヴェンナ)

絵を使いまくったため、データ容量の関係で二回に分けます。。
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