ベリサリウスの会戦 対ペルシア(初期)::人物列伝
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ベリサリウスの会戦 対ペルシア(初期)

2009-01-13 ; 人物列伝

今回はベリサリウスがユスティニアヌスに見出され、いきなり過酷な戦場に送り込まれた対ササン朝ペルシア戦です。このころはまだ稀代の英傑ホスロー1世は即位しておらず、ササン朝はカワード1世の時代でした。ベリサリウスの対ササン朝の戦いの最中ホスロー1世は即位します。
稀代の英傑はまずは最大の敵エフタルをくじき、混乱した内政を立て直すことを迫られます。即位直後に行われたカリニカムの戦いは彼の関与した戦いと言うには忍びない戦いでしたが、ホスローはいずれローマを叩くことを心に秘めていたことでしょう。
それが後のササン朝の大攻勢につながります。

●「ダラの会戦 Battle of Dara」(530年)
ベリサリウスの初戦である、ダラの戦いは錬度のあまり高くないベリサリウス率いる、東ローマ軍とササン朝侵攻軍との対決です。
数でまさるペルシア軍相手にダラへ後退した東ローマは、ダラの要塞に軍を布陣します。要塞を利用したとはいえ、要塞内部に立てこもったわけではなく、要塞の外に打って出ます。
このまま力と力がぶつかれば、連度でも数でも劣る東ローマの敗北は必死の情勢・・・。
ここでベリサリウスは一計を投じます。
中央に堀を掘り中央から敵が侵入できなくします。その後ろにベリサリウスの本陣を布陣し、その両側に勇猛なフン族の騎兵とローマ騎兵を配置します。
・ローマ 25000人 指揮官 ベリサリウス
・ササン朝 40000人 指揮官 フィロツ
いい図があったので、初期の配置図です。
300px-Battle_of_Dara-battleplan_20090113201711.png
※青の塗りつぶしが堀。青の左右の大きな白抜きがローマ騎兵、中央の小さな青の白抜きがフン騎兵。中央の小さな白抜きがベリサリウス本陣です。離れているのは後々でてきます。
赤の白抜きはササン朝騎兵、塗りつぶしは歩兵です。
・初日
ローマ軍の堀を見た、ササン朝司令官フィロツは中央を避け、両翼の騎兵をローマ軍両翼騎兵にぶつけます。堀のおかげで戦闘面積が少なくなったササン朝軍は、中央の歩兵をまるまる温存することになります。両翼騎兵同士の狭い範囲での戦いは終日続き、この日は拮抗したまま、お互い被害も少なく終了します。
無理して攻めればもっと攻めれたはずのフィロツの狙いは援軍でした。翌日にはササン朝援軍10000人が到着する予定となっており、倍の兵力を持ってローマ軍に当たれ、さらに有利に戦いを進めることができる。とフィロツは考えました。また、初日はローマ軍の力を探る目的もあり、相手の力は数も錬度も低いことがわかっていたので、彼はあせることなく翌日を待つことになりました。
初日の夜にベリサリウスはフィロツに対し、講和の使者を送ります。
講和の使者を見たフィロツは、ローマは恐怖におののいていると感じ、ますます勝利への自信を固めます。
・二日目
ササン朝の援軍10000人が到着し、ササン朝は、ローマ軍の倍の兵力を持つことになります。
昨日同様、両軍騎兵のぶつかり合いで戦端はきられます。
やがて数の差が出て、ローマ軍右翼はササン朝軍に城壁付近まで押し込まれます。しかし、ベリサリウスは丘のふもとに巧妙に隠していた伏兵をペルシア軍右翼の背面にぶつけます。昨日の何も動きを見せなかった小競り合いも、講和の使者も全てはフィロツを油断させるものだったのです。
すっかり虚を突かれたササン朝右翼は混乱、壊走します。
その勢いをかい、次に城壁付近にまで突出したササン朝軍左翼騎兵の隙間に全騎兵を投入します。
数に勝り、側面からも攻め立てられたササン朝騎兵は壊走し、中央の歩兵は丸裸になります。
こうなっては、ササン朝には勝ち目はなく、騎兵の機動力を生かした包囲戦法によってササン朝軍は壊走します。

こうしてベリサリウスはダラの戦いに勝利しました。初戦からなんともまあ・・彼の特徴が出た戦いです。巧妙な駆け引きと大胆な戦術。小で大を倒し続けるベリサリウスの戦いはここから始まります。

●「カリニカムの戦い Battle of Callinicum」(531年)
ダラの戦いの翌年、ペルシア軍10000はシリアへと侵攻します。しかし、哨戒網を張り巡らせていたベリサリウス率いるローマ軍20000はすぐさまペルシア軍を強襲。
数で勝るローマ軍を見たペルシア軍は退却を決意し退却をはじめる。
しかし、功をあせる東ローマ軍の古参の将校はベリサリウスに従わず、追撃戦をはじめてしまう。
追撃戦がはじまったものの、ローマ軍右翼のアラブ兵が裏切り、ローマ軍右翼は空白になる。
突然の裏切りにより窮地に立たされたローマ軍は、左翼を抜かれないようにベリサリウス自らも最前線に立ち奮戦。どうにか夜まで耐え切り、ローマ軍は撤退。
元より退却予定であったペルシア軍も多大な被害を出して撤退となった。
この戦いはベリサリウスが幾度か経験する痛い敗北のうちの一つです。
彼が窮地に立たされるときは部下の裏切りが絡むことが多いです。
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