カエサル その2::人物列伝
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カエサル その2

2005-07-28 ; 人物列伝

さて、第一回三頭政治が始まり(前60年)、ポンペイウス・クラッスス・カエサルによって政治が独裁されたとこまでお話してみました。
まず、3人の軌跡を追ってみます。

●クラッスス
クラッススは名門出身で、マリウスとスラが対立していたころは、スラを支持し、スラが行った市民の財産没収に乗じて私腹を肥やし、「富裕者」と呼ばれた。彼は豊富な資金をバックに強力な力を持つようになる。スパルタクスの反乱が起こると、スパルタクス自身を戦死させたのはクラッススで、残党を排除したのがポンペイウスであった。そして、この成功で、クラッススは前70年にコンスルに選出され、前60年には第一回三頭政治に参加する。
クラッススは三頭政治において、シリアを権力下においたので、メソポタミアのパルティアと交戦する。メソポタミア地域の王国は後のササン朝を含め、ローマが苦戦した相手である。
彼もパルティアとの戦いに苦戦し、前53には息子とともにカラエで戦死する。
このクラッススの死によって、三頭政治のバランスは崩れ、ポンペイウスとカエサルは対立する。

●ポンペイウス
マリウスとスラの対立時に、スラを支持して名声を得る。その後、スパルタクスの乱で軍事的才能を認められ、前70年にはコンスルに選出される。
そして、スラの政策を是正し、次第に平民派に接近していく。
元老院は彼の軍事的才能を認めていたため、その後も有事の際には彼に巨大な軍事的権限を与える。
地中海の海賊の討伐(前67年)、小アジアのミトリダテスを破り(前66)、ついにはセレウコス朝シリアを滅ぼす(前63)。
しかし、巨大な戦功に見合った勲功が部下に与えられなかったため、ポンペイウスは元老院と対立を深めていく。
そして、ポンペイウスはクラッスス・カエサルと結び、第一回三頭政治をはじめ、政治独裁権を奪取する。
しかし、前54年にカエサルの娘でポンペイウスの妻が死亡し、クラッススが戦死すると、カエサルとの対立が表面化し、ポンペイウスは元老院と結び、カエサルと戦うことになる。

●カエサル
名門ユリウス家の出身で、平民派の妻をめとったために、スラに迫害され、各地を転々とする。
スラの死後に帰国し、政界に入り、大神官を務めるまでに出世する(前63年)しかし、選挙で膨大な金を使い、巨額の負債を背負う。
そのため、イスパニア総督に任命され、赴任するときには債権者たちに阻止されるが(借金を踏み倒されて、戦死されたら困るので)、ポンペイウスの後押しのおかげで赴任する。
イスパニアでカエサルの軍事的才能が花開き、この地で戦功を上げ、第一回三頭政治に参加する。
ガリア(フランス)地域の征服権を得たカエサルは、前58-51にかけて、ガリア遠征を行い、一時危機に陥るが、なんとかゲルマン人を征服し、ブリタニア(イギリス)までローマの勢力を広めた。
カエサルは、ガリア地域に課税し、巨万の富を得ると、その資金で兵を強化する。
前54年にクラッススが戦死していらい、ポンペイウスとの対立は決定的になっており、前49年にはポンペイウスは元老院と手を結ぶ。
そして、元老院はカエサルに軍の解散とローマへの帰国を命じるが、
カエサルは、「骰子は投げられた」という有名な言葉とともに、ローマに進軍する。

●決戦
ポンペイウスはカエサルの倍以上の兵士を抱えていたが、ギリシア北部のファルサロスでの決戦に破れ、エジプトに逃亡する。
しかし、エジプトで暗殺され、この戦いは終結する。

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  • カエサルの鎧
    耐久250 防御55 正装25
    統率+2 会計+1
    カリスマの高かったカエサルは軍の統率に長けていた。統率+2は妥当。
    会計に関しては、政治的才能と大神官まで出世した才能ゆえかと。

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