中世の華麗なる変人チェーザレ その7::人物列伝
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中世の華麗なる変人チェーザレ その7

2007-02-21 ; 人物列伝

いよいよだらだらと続いていたチェーザレシリーズも今回で最終回。
父である法王の死によって、チェーザレの運命の歯車は一気に加速します。

●法王の死
1503年法王とチェーザレは、広大な領地を持つコルネト枢機卿の邸宅に招かれた。ちょうど猛暑の季節で、邸宅に着くとすぐに、喉の乾いた二人は冷たい水を所望した。
そのときどうしたわけか、召使が誤って彼らのコップに毒薬を入れてしまったのである!(そんなわけで、法王の変死はチェーザレの画策ではなく、ボンミスですね)
その毒薬は、コルネト枢機卿を殺害しようと彼ら二人が準備したものだったのだ・・。まさに自業自得だが、法王は二週間苦しみぬいた末に亡くなったのだった。
また、法王の死体は凄惨なものだったという・・・。異常に膨れ上がった死体は、縦横の区別もつかないほどで、人間のものとは思えない口からは、沸騰した鍋の口から内容物がこぼれ落ちるようにブクブクと泡がふきこぼれ、死体処理をまかされた者が触れるのをためらうほどだった。
一方、チェーザレのほうも生死の境をさまよっていた。しかし彼は、生きた牝ラバの腹を割いて熱いどろどろの血と内臓に身を浸す古来からの解毒法により、九死に一生を得る。
しかし、髪はごっそりと抜け落ち、醜く変貌した顔からは、以前の美麗な彼と似ても似つかなかった・・・。
法王という後ろ盾を失い、自らの肉体もぼろぼろになった彼に、二度と女神は微笑まなかった・・。
その後、征服したロマーニャ地方で次々と反乱が起き、新法王ジョーリオ二世に捕らえられたチェーザレは、ロマーニャ地方から全軍を撤退せよとの新法王の命に従わざるを得なかった。
その後、牢獄にぶちこまれた彼は脱獄し、義兄ナヴァル王のもとに身をよせたが、義兄たちと共に戦争に赴き、その地で非業の戦死をとげる・・・。こうして、ボルジア家は没落していったのだ・・・。

チェーザレの死を聞いたルクレツィアは涙も流さず、その報告を聞いたそうである・・。あまりの絶望で涙も流せないほどだったそうだ・・。

列強のつば競り合いの地であったイタリアは、古代ローマ以降、統一できぬまま19世紀を迎えることになる。
イタリアの統一は、サルディニア王国の登場をまたねばならない・・。

おしまい


なにやら、歴史能力検定とかいうものがあるそうです。
興味あられる方は一度見てみてはどうでしょう?
私は受けませんよ!
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