2006-12-20 ; 国家の歴史
二回に分けましたが、実は内容が・・・・・・なんです。ともあれ、今回はアユタヤ朝の貿易について見てみましょう。
●強力な管理貿易
ナレースエン大王の元、17世紀になると再び繁栄を極めたアユタヤ朝は、首都の商業港アユタヤがかつてないほどに栄えることになる。
繁栄の一つの要因としてヨーロッパからの交易船の来航がある。
当時来航したヨーロッパ人の航海記録によると、アユタヤには皮革・漆・染料・スズなどを集荷し、中国・ヨーロッパの中継貿易港として栄えたそうだ。
さらには、バーザック川・ロップリー川・チャオプラヤー川という3河川の交通の要所であったアユタヤは、この河川が船体を修理するのに適しており、よりいっそうの外国船の往来を活発にする。また、船体の建造もここで行われたとの記録も残っている。
次に、アユタヤ朝はベンガル湾・南シナ海の貿易に対する投資を活発に行い、輸出用物資の集荷と独占的買い付け、さらに輸入品の価格設定とその独占的な販売を完全に国が統括し、富を蓄えたのだった。
まとめてみると、アユタヤ朝の独占貿易はこういった感じだ。
1、東アジアとインドをつなぐ中継貿易を独占した。
2、国が全ての交易品(輸出入)を一括管理し、価格までも完全に統制した。
このようにして、アユタヤ朝は絶頂期を迎えることになる。アユタヤを訪れたときには、雄大な川に船を浮かべながら、多国籍なさまざまな文化が交じり合うアユタヤの街を散歩してみてはどうだろうか?
CCNAについて・・
教科書を買ってみたんですが、全くわかりません!なんですかこれは。
英語で書かれた専門書を読んでる気分です。
ウアアアアア。
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Comment
やはり、古代アユタヤ語の書物だったんですね!!!!??