地動説を主張すると処刑されるのか? その3::歴史雑学
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地動説を主張すると処刑されるのか? その3

2006-11-24 ; 歴史雑学

前回はコペルニクスについて見てみました。今回は蛇足かもしれませんが、コペルニクス以後の地動説の流れについて見てみます。

●ヨハネス・ケプラー(1571-1630)
コペルニクスの「天球の回転について」が世に出てからもコペルニクスの直属の弟子以外には彼を理論的に支持する者が現れなかった。
そして17世紀になりようやくケプラーという人物がコペルニクスの理論に光を当てたのだ。
ケプラーは神聖ローマ帝国の天文学者であった。しかし彼の残した実績は天文学者というよりは、天体に関する物理学者というほうがふさわしいと思われる(最もこの時代にそんな分野分けがなかったのだからしょうがないが・・・)。
彼の残したケプラーの法則とはこんなかんじだ。

ケプラーの法則(-ほうそく)は、1619年にヨハネス・ケプラーによって解明された惑星の運動に関する法則である。
ケプラーは、ティコ・ブラーエの観測記録から、太陽に対する火星の運動を推定し、以下のように定式化した。

第1法則 : 惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則 : 惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第3法則 : 惑星の公転周期の2乗は、軌道の半長径の3乗に比例する。


ふむ・・よくわからん!!
一言でいうならば、「過去や未来の惑星の位置の予測」を今までにないほど正確な形で示したということ。(位置の予測については、計算方法をルドルフ星表というものを作り、世に出した)
蛇足ではあるが、1609年に彼が発表した著書は、「新天文学」という著書である。
彼はさらに、光の二乗の法則というものも発見している。(光の強さは距離に反比例するという法則)これによって天体観測の精度も劇的に向上したはずだ。
ケプラーの発見と彼の残したルドルフ星表によって、これまでの30倍もの精度で過去や未来の惑星の位置の予測ができるようになる。
このことで、地動説は実用面では天動説をはるかに凌ぐことになったのだった。
この後、天動説にとどめを刺すのがかの有名なアイザック・ニュートンである。(ニュートンについてはここでは書きません)

次回は、いよいよ問題のガリレオや処刑された人々を見てみます。
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