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大英帝国の野望 その3

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大英帝国の野望 その2

2006-11-03 ; 国家の歴史

なにやら今までの記事の使いまわしな雰囲気になってきたこのシリーズ。今回は教科書風味でざざっと歴史を洗ってみます。

●イギリスとフランスの熾烈な植民地争い
別名第二次百年戦争(1689~1815)といわれるイギリスとフランスの植民地争奪戦が起こった要因としては、17世紀に渡り支配権を握ったオランダが英蘭戦争で敗北し脱落したため、イギリスとフランスの二国が強大になったためである。(1623年に起こったアンボイナ事件をはじめ、オランダは17世紀には他を圧倒していた。)
この当時は、西欧地域でたびたび紛争が発生しており、紛争が始まるとイギリスとフランスはお互いに敵対勢力に味方し、相互の植民地をかけて争うことになる。
結果的にこの長きに渡る争いはイギリスの勝利に終るが、決してフランスが脆弱だったわけではないことを最初に述べておく。
当時のフランス海軍・陸軍ともに精強であり、イギリスに決しておとるものではなかったが、フランスは西欧紛争に力を傾け、イギリスは植民地紛争に力を傾けた結果、イギリスの勝利でこの争いは終結したのだ。
では、この英仏の争いを順を追って見てみよう。
◆第一ラウンド
■ヨーロッパでの紛争→ファルツ継承戦争(1689~97)
■北アメリカでの紛争→ウィリアム王戦争(1689~97)
試合結果は引き分け。お互いに決定的な勝利は得られず。
◆第二ラウンド
■ヨーロッパでの紛争→スペイン継承戦争(1701~13)
■北アメリカでの紛争→アン女王戦争(1702~13)
1713年ユトレヒト条約で終結。最終的にイギリス優勢のまま条約が結ばれたので、イギリスの勝利。
イギリスはフランスからハドソン湾地方・アカディア・ニューファンドランドを獲得。(スペインからもジブラルタルとミノルカ島を獲得している)
◆第三ラウンド
■ヨーロッパでの紛争→オーストリア継承戦争(1740~48)
■北アメリカでの紛争→ジョージ王戦争(1744~48)
引き分け。
◆第四ラウンド
■ヨーロッパでの紛争→七年戦争(1756~63)

この第四ラウンドについては、次回に。
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Comment

ハミルカル : 2006年11月04日(土) 06:09 URL edit
まともに国力どおりに推移したら、イギリスがフランスと互角に戦えてるってのはすごい違和感あります。海軍にしても17後半~18世紀の造船技術はフランスが多少先行していて、19世紀初頭までのイギリス戦列艦隊などはフランスから拿捕したのを将官クラスが乗っていたりしています。
人口以外の『人材』と全体的な政略、それと『イギリスだけ相手にしているわけにいかない』というような地政学的な問題なのでしょうか。
めけ : 2006年11月04日(土) 23:23 URL edit
ガチンコでヨーロッパでやりあったならフランスにイギリスがかなうはずもなかったとおもいます。
一番戦力が離れていた時代では、英が10とすれば、仏は15くらいあったとおもいますよ。
フランスの国家戦略がヨーロッパ大陸の覇権にあったため、他の諸国の警戒を招いたのが一つの理由。
二つ目は、飛びぬけていたため、協調路線をとろうとせず、独・英・墺・スウェーデン・露などの強国と同時に相手をしたこと。
三つ目は、二つ目とかぶるんですが、海外植民地の重要性の認識の甘さ。
人材面に関しては英国に引けをとらないとおもいます。粒のでかさでいえば、フランスのほうが優秀と思う。
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