スポンサーサイト::スポンサー広告 大英帝国の野望::国家の歴史

大英帝国の野望

-------- ; スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Entry Status
New >>
RMTは規約で禁止のはずでは?
<< old
パレンケ神殿

2006-10-31 ; 国家の歴史

このブログの初期の初期にイングランドについて少し記載しました。
そのときの記事が、こちら

まずは、大航海時代に突入するまでのイングランドについて簡単に書いてみましょう。

●地方国家イングランド
イングランドは王号があったとはいえ、百年戦争終結までのイングランド国王の野望はフランス領土でした。
事実フランスの半分はイングランド王が所有していた時代もあったくらいです。フランスとイングランドの血縁的なつながりも深く、大フランスの中の最強の諸侯がイングランドだったといっても過言ではないほどであったといえます。
独断的な見方をするなら百年戦争は、フランス王継承戦争であり内乱であったといいかえることもできるのではないでしょうか?
どちらも血縁を主張し、フランス王の座を賭けて争ったわけですから・・。
しかしながら、フランス王とイングランド王のフランスをかけた争いは、政治力に長けたフランス王側にほとんどの時代で軍配があがったといえそうです。
当初、パリ周辺の王号という称号だけをもった小諸侯であったフランス王(元はパリの伯爵だったのだから、公爵・王号にはかなうはずもありません)は、優秀な王を輩出し続けフランスでの基盤を固めていきます。その後、百年戦争という内乱を経て、フランスでのフランス王の権威は極度に高まり、フランス王による直轄領の接収という形で統一を完成させます。(ブルゴーニュやブルターニュなどの広大な領地はこのときはまだ公領です)

さて、ここで中世の地域的な強さを見てみると、現在のドイツとフランス地域が力を持っていました。フランスは統一が進み中世ヨーロッパで最強の国家として成長をとげますが、ドイツでは大諸侯のつばぜり合いが続き、巨大な力を持ちながらもその力を結集することができませんでした。というわけで、中世最強国家はフランスだったといえるでしょう。

では、百年戦争という内乱に敗れたイングランドはどうだったのでしょう?
フランス本国(あえて本国といわせてもらいます)の領土をカレーという小都市を残して全て失ったイングランドは、一気に地方の小国へと転落してしまいます。しかしながら、彼らはただの小国ではなかったのです。戦闘民族の血を引くイングランドは、新しい技術・・・特に船・大砲などの海戦の技術を取り入れ、着々と近代化を進めます。
その戦闘民族の血と近代化による強力な海軍によって、彼らは大国スペインを破り、ついにフランスと肩を並べるまでに成長していくのです。
さらにイングランドは、スペイン・ポルトガル・ネーデルラントの政策上の不十分なところを改善し、植民地政策を進めていきます。
そして、みなさんにも聞きなじみのある大英帝国へと発展していきます。
次回からは、教科書的な文章になりそうですが、イングランドの歴史を今一度見てみます。
とおもったのですが、混迷する覇権争いのシリーズでイングランドについてかなり書いてるので、その続きから書きたいと思います。それまでの記事は、次回リンクはりますー。

●今回の関連した過去記事
◆百年戦争については、こちら
◆ブルターニュとブルゴーニュについては、こちら
◆ドイツのまとまらなかったところについては、こちら
◆各国の植民地活動については、こちらこちら
関連記事
Entry Status
New >>
RMTは規約で禁止のはずでは?
<< old
パレンケ神殿

Comment

Post a Comment









管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://dolmeke.blog11.fc2.com/tb.php/561-076380e8

歴史ファンの大航海時代 Home | Page Top▲

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。