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中世ヨーロッパの生存率と結婚年齢

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中世ヨーロッパの生存率と結婚年齢 その2
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2006-10-23 ; 歴史雑学

中世ヨーロッパというとペストが大流行して、人口が他の地域に比べて極度に少なかったというイメージがあります。実際そのとおりなのですが、ペストが起こる前の14世紀前半までは人口は増加傾向にあったのです。まずは、参考までにフィレンツェの人口推移から見てみましょう。

●フィレンツェの人口の推移
フィレンツェに限らず、イタリアの諸都市(ミラノ、ヴェネチア、ジェノヴァなど)は、その人口は10万人を超えていたようだ。
しかし、1348年にペストが大流行(これによって百年戦争も中断されてます)によって、人口が約2分の一から3分の一まで激減した。その後も病気や戦争などの要因で16世紀に入るまでは人口は減少傾向にあったのだ。(これは世界的に見てもかなり特殊な部類に入ると思われます)
タイトルのフィレンツェを例にとってみるとこんな感じだ。
◆フィレンツェの人口推移
★14世紀初頭
10万人以上
★1400年ごろ
6万人くらい
★15世紀
4万人前後
確かに恐ろしいまでに人口が減っている・・・。
では次に、この時代の出生率と生存率を見てみよう。
まず、初婚年齢についてまとめてみると、
◆富裕層女性(全体の約2パーセント)
17歳
◆富裕層以外女性
20歳
◆富裕層男性
30歳
◆富裕層以外男性
26歳
これについての詳しい説明は次回にまわすとして、もし17歳で結婚した女性はこの時代平均して7~10回の出産をしていたようだ。
フィレンツェでは、富裕層女性の出産と出産の間隔は1年9ヶ月。それ以外の女性の出産間隔は、2年~2年半といったところ。
つまり、この時代の女性は子供が生める年齢の間はずっと妊娠と出産を繰り返していたということになる。
それは、労働力の確保であったり、自らの血統の確保であったり様々だが、ここまで必死になって出産するには生存率の低さがあったのだ。
普通に考えて、こんなに出産に必死になっていたら、人口が爆発的に増えるはずだが、ペストの流行もあったとはいえ、200年間で3分の一ほどまで激減している。
その原因となったのが生存率の低さだが、20歳まで子供が生き残る確率は、なんと55パーセント!!!
およそ半分が亡くなる計算になる。なので、7~10回の出産では、3~5人しか大人になるまで生き延びれなかった計算になる!
ちなみに、1420年ごろのフィレンツェの死因率で最も高かったのはペストで42パーセント。一方で、女性の死因でペストの次に死因が高かったのが産褥死(出産時に死亡する)で、出産も命がけだったことがうかがえる。

次回は、結婚年齢について見てみます。
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