スポンサーサイト::スポンサー広告 幸運に彩られた皇帝フリードリヒ三世 その4::人物列伝

幸運に彩られた皇帝フリードリヒ三世 その4

-------- ; スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Entry Status
New >>
幸運に彩られた皇帝フリードリヒ三世 その5
<< old
幸運に彩られた皇帝フリードリヒ三世 その3

2006-09-27 ; 人物列伝

前回は、フリードリヒ三世の怠惰な執政を見てみました。今回はその続きになります。


一息ついた後、ハミールは静かにフリードリヒ三世について語り始めたのだった・・・・。

陛下の政略結婚と世界情勢については時期が前後しますので、分けてお話しましょうか・・・。

陛下のふーん騒動の後、陛下がやる気がないだの、凡庸だのと騒いでしまったので、陛下の弟ぎみアルブレヒト様が我こそは王たらんとお考えになり・・、ついに1463年にウィーン(オーストリアの首都)で反乱分子をあおり陛下の妻エレノオーレ様と息子マクシミリアン様を拉致監禁してしまいました。
陛下がウィーンに駆けつけたときにはすでに遅く・・・、人望のなさも手伝って不幸にも城内に入ることができずに、ウィーンをほうり出されてしまいます!
ああ、なげかわしい・・・。そのときの陛下のお言葉・・
「青いバラができん!」
へ、陛下・・バラなんて今どうでもいいのでございます!
実は、陛下がここまで平静を装っていたのは、きっとこのことを予測していたからです!
陛下がウィーンをほうりだされてまもなく、アルブレヒト様はお亡くなりになってしまいます!バラの心配を陛下がしている間に、陛下は無事ウィーンに戻ることが出来たのです!
ああ、陛下素晴らしいでございます!

ハンガリー王になったマーチャーシュは、それはそれは優秀・勇猛な王様で、うちのやくたたずとはちがいジギスムント皇帝のニコポリスの敗戦から絶望的とまで見られた対オスマンに光を与えたのです。
あまり気が進みませんが、マーチャーシュ王の業績をほんの軽くだけ振れておきます・・・。
1458年にハンガリー王として即位したマーチャーシュは、17歳で即位されるとすぐにその実力の片鱗を見せます。1461年ハンガリー北部(現スロバキアのあたり)を実行支配していた傭兵隊長ギシュクラを破り、国内を安定させました。
さらにマーチャーシュの進撃は止まりません。陛下がめんどくさくててをつけなかった手を焼いていたボヘミアのフス派を一掃してしまいます!(1471年)
これだけで、マーチャーシュがどれだけ優秀な王であったか推測できますでしょうか?
そんな勢いに乗ったハンガリー王を周囲がほうっておくわけはありません・・・。そんな折・・陛下に身の危険が!!
今度は錬金術にはまった陛下が賢者の石!とかぶつぶつつぶやいていた日のことでした・・。なにやら、マーチャーシュがハプスブルク家よりオーストリアの支配権を勝ち取ったとかいってますよ陛下!
「ふーん」
ふーんじゃないですよ!陛下!このまま見過ごすんですか?
とかいってるうちに、ついにウィーンを占領されてしまった陛下は、すごすごとウィーンから立ち退きます・・・。
まだ・・賢者の石とかいってますが・・・・。
陛下・・それどころじゃないですよ・・・。
しかしです、陛下がここまで平静を装っていたのは、きっとこのことを予測していたからです!!
ウィーンが占領されてから5年後・・・、マーチャーシュ王が亡くなります!さらに、マーチャーシュ王は息子がいなかったので、特に有力な諸侯がいなかったため、陛下は無事ウィーンに戻りオーストリアを支配できることになりました!
陛下さすがでございます!

続く・・・。

以下宣伝
◆主催
マルセ19番商会「オルレアンの子猫」様
◆日時
30日土曜日 22時より ノトスサーバーにて
◆内容
「ファションショー」を行いますので、お暇でしたら参加or見学にお越しください。
◆オルレアン様のリンク先
詳細は、こちらへ
関連記事
Entry Status
New >>
幸運に彩られた皇帝フリードリヒ三世 その5
<< old
幸運に彩られた皇帝フリードリヒ三世 その3

Comment

Post a Comment









管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://dolmeke.blog11.fc2.com/tb.php/529-021e0181

歴史ファンの大航海時代 Home | Page Top▲

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。