フランス領ギアナ INカイエンヌ::歴史雑学
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フランス領ギアナ INカイエンヌ

2006-09-16 ; 歴史雑学

新規に導入された新大陸のフランス領地カイエンヌですが、この街は現在もフランスの海外県としてフランス領の一部になってるみたいです。(厳密にはこの表現に誤りがあると一応ここで言っておきます)
まずはざっと、WIKIにのっていた文章を参考にフランス領ギアナについてみてみましょう。

●フランス領ギアナ
アンリ4世(1589-1610、だいたいフランソワ一世の100年後です。ゲーム内のフランス王はこのフランソワ一世かアンリ二世と言われてます。時代が一気に飛びますね)の命令を受けたラヴァルディエールが1604年にギアナに港を建設し、ギアナへの入植が開始された。
1638年にはカイエンヌを建設すると共に、アマゾン川の探検も進んできた。1664年ごろから本格的な入植が開始。しかし、その後第二次英蘭戦争の講和条約であったプレダ条約によってギアナはイギリス・オランダに分割された(1667)。
その後、疫病がはやり人口が減ったりしたが、入植は順調に行われ、19世紀には流刑地になり緑の地獄などと呼ばれた。現在は、フランスの植民地から海外県に変更されフランスの一部となっている。

というわけで、カイエンヌはものすごくフランスと縁の深い港だったです。

このあたりの歴史について書いた記事は、混迷する覇権争いシリーズです。英蘭戦争については、ゲーム内の時代が進んできたので近くに書きます。(混迷シリーズの植民地のあたりは、こちら

もう一つ話題を・・・。

●パイナップルはギアナから来た
パイナップルが西欧人の知るところとなったのは1492年(コロンブスの航海の結果ですね)。その当時パイナップルは、中部アメリカ、西インド諸島に伝わっており、新大陸の発見後は広く世界へと紹介された。
16世紀にはいると、アフリカ・インド・南洋諸島に分布し、17世紀にはヨーロッパ貴族の温室で品種育成も試みられ、18世紀には、南北緯度30度以内の熱帯・亜熱帯地域で広く栽培されるようになった。
この広がりを見ても、パイナップルは人気のフルーツだった模様。
しかし、輸送や貯蔵に弱いパイナップルは世界への輸出が困難だった。そこで、スムースカイエン種という品種改良されたパイナップルを1819年フランス領ギアナから、フランス本国へとようやく伝播する。
これをきっかけに世界各地でパイナップルが栽培・食べられるようになり、いま私たちの食卓にあるというわけ。

◆参考HPは、ナゴパイナップルパーク様
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なつかしい人にであう。

Comment

uni : 2006年09月17日(日) 08:12 URL edit
パイナポーを酢豚に入れるのはヤメテケレー(あの食感がどうもなぁ・・・)
めけ : 2006年09月18日(月) 01:07 URL edit
おれ結構好きだーーー。パイナップル。
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