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チューリップに踊ったアムステルダム

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2006-09-06 ; 歴史雑学

アムステルダムという都市は、アントワープという都市があったため大航海時代以前には村・集落といっていいレベルの都市でした。
これが、ネーデルラントの大発展のために16~17世紀には世界の商業を担う都市に大発展を遂げました(現在のニューヨークみたいなもんですね)。
そんなアムステルダムでは、東インド会社の成立を景気に株に投資するということが始まりました。
そんな中で注目されたのがチューリップへの投資です。

●チューリップで金儲け
17世紀はじめには、人口20万人を超す大都市となったアムステルダム(ロンドン・パリを凌ぐ)。世界初の株式会社の成立(英・蘭両東インド会社)によって投機という行為が一般的になってきたころには、世界中から金に目のくらんだ投資家たちがアムステルダムに押し寄せるようになってきた。
そんな中、今もオランダの名産であるチューリップの球根が年々高級化していく。中には小さな球根一つで邸宅が買えるほどの値のついたものまで出てきた。
例えば、燃えるような真紅と白の「セムベル・アウグスト(つねに高貴なもの」という品種は、一時は1万3000フロリンの値がついたほどだった。(高級な住宅が買える値段)こんなことから、当時は高級なチューリップの球根を2.3個持てば嫁入りには充分だといわれていたほどだ。
最初は専門家の間で球根の先物取引が行われたいたが、じょじょに値段があがっていっていることを知った大衆が、この投機に飛びつき、プロレタリア(中産階級)から農家までこぞって、家を売ってまでチューリップによる財テクに熱狂したのだった。
ある球根などは、値段が瞬く間に20倍に跳ね上がり、1636年の取引所が騒然となったほどだ。
しかしこれをピークに翌年には球根市場が大暴落!!
これによって数千人が破産し、球根には一銭の価値もなくなってしまった・・・。今も昔も素人の投機ほど怖いものはないってことですね・・。
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Comment

かっぱ : 2006年09月10日(日) 10:52 URL edit
チューリップ くださいな(x・;b
めけ : 2006年09月11日(月) 16:08 URL edit
かっぱさん>>
いつか実装されることをねがって・・・。
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