2006-08-14 ; 歴史雑学
皆様ご迷惑をおかけしました。どこまで、データが復旧できるかわかりませんが、少しずつやります。
以前の記事で、塩害によって古代メソポタミアの優れた農業が大打撃を受けたというお話をしました。(該当記事は、
こちら)
今回は、それと似たようなマヤ文明の農業技術を見てみましょう。
●焼畑農業の知恵
メソポタミアが農業に適していない地域で、灌漑農業によって発達し繁栄したが、塩害によって大打撃を受けた。これに対し、古代マヤ文明でも焼畑農業と言われる技術が発達していた。
そもそも農業というものは、農業生産性を高めるために豊かなしっかりとした土壌を確保しなければならない。
マヤ文明の地域は熱帯地域に属し、熱帯の土壌は森林と密接な係わり合いを持っている。それはどういうことかというと、森林を恒久的に伐採して畑を作った場合、土壌にラテライトという堅い層ができてしまい、農業に適さない土壌になってしまうのだ。
◆ロクツノの説明コーナー
やあ諸君。歴史ミステリー調査団通称HMRのロクツノだ。今出てきた謎の物質ラテライトについて我がミステリー調査団が解説しよう。
ラテライトとは、熱帯地域特有の土地に見られるもので、「紅土」とも呼ばれる。その材質は、酸化鉄やアルミナといったものが多く含まれ、赤黄色をした堅い土地である。
簡単にいうと、ラテライトが形成されてしまうと農業は絶望的になってしまうということだ。
今回はこのへんで・・。では諸君!また会おう。
このラテライトへの対策としてマヤの人たちが使った技術が「焼畑農業」という技術。
焼き畑農業とは、森林を完全に伐採してしまうとラテライトが形成されてしまうので、森林をいくつかの区画に分けて、耕す予定の農地を晩秋から初冬にかけて森林伐採を行う。そして、切り離した木が乾燥するころにそれらを燃やし、そこに種を植える方法である。
翌年にはまた違う区画の森林を燃やし、また種を植える・・・これがエンドレスに続くというわけ。
ようは、1.2.3.4.5という区画があれば、
1→2→3→4→5→1と戻るわけだが、1に戻るころには森林が再生されていてまた焼畑できる仕組み。
こうすることによって、恒久的な農地を作りラテライトが形成されてしまうのを防ぐことができる。
昨今、この焼畑農業が森林破壊の元になるとやたら叩かれているが、本来焼畑農業とは、森林を再生させることを目的とした農業なので、田んぼにしてずっと農地化するよりずっと環境に優しい農業と思えてならない・・。
多くの方に心配していただき、励ましの言葉なんかもいただいてありがとうございました。今後とも歴史ファンは続行しますのでよろしくお願いします。リンクリストは復旧する予定なのですが、しばらくせっかくリンク張った方のが表示されない状態になっており申し訳ないです。
Comment
たいへんためになりました・・。なんとか復旧したぽいので、自分でデータアップロードしてみました。
私が以前読んだ本によりますと……
メソポタミアの上流域は森林が豊富だった、らしいです。
ですからそこから滋養のある土が流れて来、ために感慨を行わずとも肥沃な土地で収穫を手にすることができたようです。
ですが森林伐採=都市の開発、戦争の道具づくり(とくに造船など)が激しくなったために滋養のある土壌も、涵養されていた土中の水分も失われ「灌漑施設を開発するしかなくなった」というのが流れみたいですね。
最初から森がなかったら「フンババ」はいなかったでしょうねー。あれは森の怪物でしたよね。
同じ事がギリシャのあたり東地中海にもおこり、未だに木が全く生えないやせた土地になってしまったそうです。
河を通して栄養分が流れ込まなくなったことで、魚もだんだんすまなくなったそうですね。
そうして森が失われた彼らは思考過程そのものにも影響が出たそうです。
読んだ本はたしか……
安田喜憲「森の心と文明」
鈴木 秀夫「森林の思考・砂漠の思考」
だったとおもいます。