2006-07-31 ; 歴史雑学
ハミルさんと共同で東西ローマ皇帝について見てみました。
おそらく全ての大航海ブログの中でも最もマニアックな2、3日の更新でした!
最後は、東ローマについてのまとめです。
●歴史的に稀有な大国だった
幾度となく滅亡寸前の状態、歴史的大国の状態を繰り返した歴史上ありえない国家が東ローマ(ビザンツ)帝国でした。
一代の不世出の名君が出ると一気に国力は世界有数の大国にまで上り詰め、一代の愚帝が出ると、一気に滅亡寸前まで追い詰められました。
これは、東ローマがあった土地が周辺諸国のちょうど真ん中に位置し、異民族の往来が激しかったからです。
そのため、東ローマは常に3つ以上の国や部族との交戦を余儀なくされました。このことは一歩舵取りを誤ると一気に滅亡してしまう危うさを秘めていました。
逆に言えば、これだけ往来が激しい地域で1000年以上も存続したことは驚異的です。
歴史上ビザンツより長く続いた国家はいくつかありますが、民族国家(一つの民族で一つの国家、代表的なのが日本)のような国家でない国としては唯一の存在ではないでしょうか?
●識字率の高さ
東ローマ帝国は、西欧諸国に比べ識字率が5倍以上も高いものでした。教育が行き届き、みんな聖書が読めたそうです。
このことは、国家としての文化レベルを向上させるのには貢献しましたが、知識を共有するということは果てしなく論争が起きることと表裏一体でした。そのため特に宗教問題については激しく論争が起きました。
西欧諸国では、教皇や国家が適当なことを言っていても、聖書を読めませんので「こういうものか」と上手く言いくるめれたことであっても、東ローマではそうはいかなかったということです。
●文化レベルの高さ
識字率の高さと同じことですが、東ローマの文化レベルは周辺諸国に比べて少なくとも100年以上は成熟した文化を誇っていました。
これは、後に西欧でのルネッサンスにつながっていきます。
●敵も強かった
特にササン朝と後に勃興したイスラム諸国は強敵でした。これらの国がもし西欧諸国と本格的に争っていたらひとたまりもなかったでしょう。
まとめになってるか微妙ですが・・・、ともかく偉大な国家であったことだけは確かなようです。
Comment
そういえば、コンスタンティノス1世(一応最初の皇帝?)と最後の皇帝は今回登場しませんでしたね。もしも番外としていただけるなら是非。
僕の大好きなヴェネツィアとも縁深いうえ(というか宿敵というか・笑)、以前からイスタンブールには是非観光してみたいなぁと思っていたのですが。これを機会にもっとビサンツも勉強してみようという気にさせられました。
以前僕のブログにコメントくださったように、めけさんのビサンツ帝国への想いがひしひしと感じられて、とても良いエントリでした。 そして(ほめ言葉として)マニアックすぎましたよ! というのは言うまでもありません。(笑)
どもです!次はリンクさんのヴェネチア関係のマニアックな記事を期待!
わたしもあと一人紹介したい皇帝がいるので、またアップします。
ああ、追記です。
コンスタンティノス一世はハミルさんとこに出てきますぜ。
ビザンツの最後の皇帝の件了解です。加筆しますー。
私の場合は、名前を聞いたことがある皇帝が数人いるくらいでしたorz
このマニア向け企画、最初はどうなるかと思いましたが、じわじわ反応が出てきているのは嬉しいところです。あと個人的には、トップ評価のバシレイオス二世の詳しい話に興味があります、逆境からの反撃ってのは好きなんですよね^^
どうもどうもおつかれさんでした〜
名前聞いたことあるだけでも、わりにマニアックかと・・。
教科書に出てくる皇帝は一人だけ!
ハミルカルさん>>
バシレイオスはヘラクレイオスの後書こうと思ってたんですが、彼の記事がマニアックだったので間をあけようとしていていまにいたってます。
ちかじかかきますよ!