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東ローマの歴代皇帝を評価してみる その3

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東ローマの歴代皇帝を評価してみる まとめ
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東ローマの歴代皇帝を評価してみる その2

2006-07-30 ; 歴史雑学

第三回までいってしまったこの企画。黙々とマニアックな皇帝を紹介していきますよ!

◆アレクシオス一世コムネノス(1081-1118)
■内政:B■外交:B■軍事:C
■実績:C■文化:D■性格:B
■総合:C
■コメント
隠れた名君。彼の時代東ローマの周辺地域は敵ばかりで、東西からセルジューク朝・ノルマンの侵略を受け、イタリア地域はノルマンに占領されてしまった。セルジューク朝にはコンスタンチノープルまで進軍されていた。内部は内部で貴族の反乱が勃発・・・。さらに、ノルマン・クマン族はバルカンにまで攻め入ってきたが、これを撃退。
内部の貴族反乱も無事治め、バシレイオス二世の死後から続いた混乱を収束させた。
しかしながら、海上の防衛のためにヴェネチアと結んでしまったことにより、十字軍を招き、粗暴な十字軍兵士・ヴェネチアに内部をあらされてしまった。後にこれが決定的な帝国の衰退を招く。

◆ヨハネス一世コムネノス(1118-1143)
■内政:A■外交:B■軍事:C
■実績:B■文化:C■性格:SS
■総合:B
■コメント
アンナ・コムネナという彼の姉が夫を帝位につけようと、簒奪事件を起こし、ヨハネスがこれを鎮圧した後に、彼は姉を殺さずに修道院に送った。処刑しなかったことによって、国民から厚い信頼を受け「カロ・ヨハネス(善良なるヨハネス)と呼ばれた。
性格の良さ以外にもいろいろなところで才能を見せたヨハネスは、内政では国庫の再建のために倹約につとめ、軍隊を再建する。
対外政策ではヴェネチアに敗れるという汚点を残すが、北方のペチェネグ人を完全に屈服させ、ルーム・セルジューク朝から小アジアの失地を回復した。ヴェネチアに敗れたのは重要度の違いからだろう。
長男・次男に先立たれ、臨終のときには暗愚であった三男を廃し、四男に帝位を継がせた。ローマ帝国史上最も善良な皇帝と言われている。


◆マヌエル一世コムネノス(大帝 1118-1180)
■内政:E■外交:E■軍事:B
■実績:D■文化:B■性格:C
■総合:D
■コメント
大帝と言われているが、父のほうがはるかに優れた君主であったと思われる。対外政策に力を注ぎ、自身が国際的な視野を持っていたこともあり、ハンガリー王と血縁を結んだり、西欧の騎士道精神を取り入れたりしたが、当時の西欧は野蛮で文化レベルも低かったためかえって反発を招いた。セルジュークやベネチアと争ったが、このことで国際的に対立国が増加してしまった。
彼のはなやかな外征のため帝国財政は圧迫されてしまう。これが一時滅亡への原因とする学者も多い。事実、彼の統治以後、帝国は急速に衰退し、もうかつての栄光を取り戻すことはなかった。

◆ミカエル8世(1261-1281)
■内政:E■外交:E■軍事:E
■実績:D■文化:C■性格:D
■総合:E
■コメント
ラテン帝国から、コンスタンチノープルを奪取し帝国を復活させた皇帝。しかし、内政・外交・軍事全てに失敗し、台無しにしてしまう。これ以後、帝国は滅亡までひっそりと暮らすことになる。

これにて評価は終了です。次回はまとめ!
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