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大帝国フランス その3

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大帝国フランス その2

2006-05-06 ; 歴史雑学

前回は、読んでてもどろどろでややこしい・・新旧教徒を盾にした権力争いの様子をざざっと追ってきました。
今回はなるべく簡潔に書くように・・・。

●シャルル9世が崩御
サンバルテルミの虐殺の2年後に、あっちいったりこっちいったりの問題の王シャルル9世が崩御する。そうなると順当に弟のアンリ3世が即位するのだが・・・、自体は単純にはいかないのだ。
アンリ3世の王位を狙うものが、旧教派のギーズ公アンリ、そして新教派のナヴァル王アンリと二人居て、ややこしいことこの上ないが、アンリシリーズが3つ巴の権力争いを繰り広げる。
まず動いたのはアンリ3世だった。彼はまんまとギーズ公アンリを暗殺することに成功。しかし、ギーズ公を押す旧教徒の復讐にあい翌年彼自身も暗殺されたのだ。
そうなると、漁夫の利を得たのがナヴァル公アンリで、これをもってオルレアン=ヴァルア朝が終了し、ブルボン朝が開かれることになる。
こうして、ナヴァル公アンリはアンリ4世として即位するのだが、彼は新教徒だったので、激しく対立する旧教徒たちが彼を王と認めなかった。
そこで、彼は旧教に改宗し旧教徒の反発を鎮める一方、有名なナントの勅令を発布し、ユグノーの信仰の自由を認めたのだ。これによって、ようやく長い内乱は終結し、フランスの大混乱は収束した。
◆ナントの勅令について
1、ユグノーの信仰の自由を認める
2、ユグノーが公職につくことを認める
3、一部公的な場所での礼拝を禁ずる(パリなど)
これは、大多数の旧教徒に配慮して、ユグノーに若干不利な勅令だったが、アンリ4世の精一杯の配慮といったところだろう。(旧教徒のほうが、優遇されているんだよ!と満足させる条項を盛り込むことで、彼らを納得させるため)

●アンリ4世の政治
◆ざざっとアンリ4世の政治
1、国内の混乱を収束させる。
2、内乱によって疲弊した国力・治安・財政の回復。
3、王権の回復。
4、農業の振興。
5、対外平和政策の実施。(他国ともめると国力が回復しないため)
◆アンリ4世の植民地政策
フランスも遅ればせながら、アンリ4世の代になって海外進出を実施する。
1、東インド会社を設立(1604年)。
2、北米にケベック植民地などを作り、北米に進出。

このように、なかなかいい感じで、国力の回復に努めたアンリ4世だったが、最後は熱狂的なカトリック教徒に暗殺されてしまう・・。

次回は、名宰相現る!お楽しみにー。
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Comment

nano : 2006年05月06日(土) 12:51 URL edit
結局、3人とも宗教がらみで暗殺されてしまったのか。怖いな~(((;゚Д゚)))ガクブル
めけ : 2006年05月06日(土) 23:38 URL edit
そのとおり!相手を暗殺しようとした人は自分にはねかえってくるってことっすね~。
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