封建制度って?::歴史雑学
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封建制度って?

2005-06-27 ; 歴史雑学

一般的な意味から
封建制度とは?
狭義の意味では、封土の授受によって結ばれた主従関係を持つ、階級性社会を示す。
広義の意味では、荘園制を基礎とする社会組織一般を指す。

なんのことかわかりませんね・・・。
それではひとつの例を出しましょう。
フランク王は西方地域から、現在のフランスに侵入し、そこに国家を作りました。王は褒美として、部下Aと部下Bと部下Cに制服した土地の一部をあたえます。この与えられた土地が封土といいます。
王「武勲をよくたてたな。褒美に土地(封土)をやろう。」
部下「ありがたき幸せ。王に忠誠を尽くし、この土地を守ります。」
王「土地は与えるが、わしの役人をそこに派遣するからな。あと、その土地で取れた作物をわしに献上(年貢)するのだぞ。」
部下「もちろんでございます。」
最初はこんな感じで、封土をもらった部下はきちんと年貢を納め、役人の派遣も認めていました。この封土を持った者を封建領主といいます。
また、国が強大になってくるとこんなことも出てきました。
小国の王「現在わが国は外敵の脅威にさらされています。あなたに土地を献上するので、守ってくださいな。」
大国の王「わが国の領土になるのか。わかった。そなたが献上した領地は封土としてそなたに与えよう。しっかり年貢は納めるんじゃぞ。」
といった感じで、強国に帰属し、領地を封土として外敵の侵入をまもってもらう者もでてきました。

次に、戦争のときはどうだったんでしょう。
王「いくさじゃあああ。王の兵は全軍出撃じゃあああ。封建領主も全員兵をだすんじゃああ。」
封建領主たち「封土から兵を集めて、王の下にはせ参じます。」
王には王の封土があり、封建領主には封土があります。戦争のときは、それぞれが兵を持ち寄って戦争しました。王はともかくとして、封建領主にしてみれば、兵を養うのにもお金がかかりますので、戦時だけお手軽に兵を雇える傭兵がはやりました。
兵はあくまで、封土ごとに出される兵であって、国内には個人の兵(私兵)はいても、国軍はいませんでした。

次に、封建制度が進み、封土の自治が進んでくると、富める封建領主と没落する封建領主が出てきます。この時代は血縁関係で身分が決まりましたので、富める封建領主は王族と結婚をして、より権力を強めていきました。
王にしても、戦争をして勝つたびに封土を部下に与えなければなりません。ただ、年貢は入るし、封建領主の封土には役人を派遣しています。しかし、封建領主の自治が進むと、役人の派遣は廃止され、王の権力は弱くなってきました。
そうこうしている間に、ますます自治が進み、ドイツなどにおいては、一国を治める王がいなくなり、封建領主の選挙によって、王が選出される「選挙王制」が始まります。実質的にドイツでは、封建領土=ひとつの国という状態になっていました。フランスでも選挙王制にこそなりませんでしたが、西フランクの王は断絶し、パリ伯が王位を継承していましたが、その領地より巨大な封土をもった領主はたくさんいました。
あたりまえですが、領主にとっては封土こそ一番に守るべきものであり、国家はその次でした。小さな国(封土)が集まって一国(フランス、ドイツなど)を形成している状態で、兵は傭兵が多数では、戦争に強いはずもなく、中世ヨーロッパはもし大規模な侵略にあっていれば、たちまち征服されていたかもしれません。
そうして、小さな封土同士が食い合い、最終的にひとりの王が誕生します。これが強力な中央集権制度である絶対王政です。

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