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混迷する覇権争い その5

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2006-04-14 ; 歴史雑学

少し間隔があいてしまいました。前回は、イングランドがエリザベス女王の下に二流国から一気にヨーロッパの強国にまで躍進したところまでお話しました。今回はその続きからどうぞ。

●列強国イングランド
国が強国となってくると、いち早く近代的な制度を取り入れる国が多いのだが、イングランドもその例にもれず、近代的な政治制度を導入し始める。
エリザベス女王は、子供を残さずに亡くなったので、テューダー朝は断絶し、エリザベス女王にいじめられたスコットランド女王メアリ=スチュアートの子供のジェームズがイングランド王ジェームズ一世として即位する。(スコットランド王としてはジェームズ6世)。彼の即位をもって、スチュアート朝が創始された。
また、ジェームズ一世がイングランド王についたことによって、イングランド・スコットランドは統一した王国となる。(語弊があるとは思いますが、だいたいそんな感じと思ってください。)
このジェームズ一世は、あまりよろしくない国王で、そのために今後の歴史に大きな影響を及ぼすことになるのだ。
まず、ジェームズは「監督なくば国王なし」と唱えて、イギリス国教会の監督制度(イギリス国王を首長として、教会は国家の監督・支配を受けるというしくみ)を重視し、国内のピューリタン(イングランドのカルヴァン派)・カトリック教徒を圧迫したので、彼らはピルグリム・ファーザーズとして、新大陸に移住することとなる。(1620年、これが後のアメリカの元になる)

ここで、話が途切れるが、提督制度について見てみよう。これは以前ローマ教皇が各国にやっていた制度とよく似ていて、要は神の名の下に、教会領土・財を搾取する制度で、以前はローマ教皇の大きな財産に、後に国王の大きな財産になった。

次に彼は、時代遅れの「王権神授説」(中世の絶対王政期によく語られた説で、王権ははいかなる制限も受けないという論理)を持ち出し、議会を無視して大商人に独占権を与えたりしたので、議会と対立。
このころのイングランドは、市民階級(ブルジョワジー)が大発展していた時代で、毛織物工業を中心に商工業が発達。さらには、中世の絶対王政を支えた荘園制度も崩壊し、多くの独立自営農民(ヨーマン)が生まれ、多くのヨーマンは農耕とともに羊毛・毛織物生産に従事するなどして、経済力をつけてきていたのだ。彼らのよりどころとなっていたのが、議会であったので、議会と対立するということは、この時代のイングランド国民と対立するということだったのだ。さらに、まずいことに、この中産階級と呼ばれた新たな力を持った勢力は、ピューリタンが多かった・・ピューリタンを圧迫したことによって、さらに溝が開いた・・・・・。

ジェームズ一世の次に王位についたチャールズ一世もこれまた、内情が読めていない王様で、王権神授説の信奉者で・・反感をいだく・・。
それだけでなく、フランスの新教徒援助に失敗し、軍事費を拡大させてしまい、その戦費を補うために、課税をかし、さらには国教会を強制してピューリタンを圧迫した。
もうだまっていられない議会は、ジェームズ一世に対し、「権利の請願」を提出。この権利の請願は、全11条からなり、議会の承認なしにかってに課税することを禁じるなどの文章でなりたっていた。これは、中世にフランス王フィリップと戦いあっけなくやぶれたなさけない王ジョンに出されたマグナ・カルタと経緯はすごく似ている。

ともあれ、ジェームズ一世は、この権利の請願を一旦は受諾したものの、翌年議会を解散し、その後11年間(1629-1640)に渡って議会を召集せず専制政治を行う。
しかし、スコットランドで国教会の強制に反発したカルヴァン派(長老会)が反乱を起こし(1637)、その鎮圧のために戦費がかさむ。
そのため、ジェームズは、1640年に議会を召集し、戦費調達のために課税を要求した。しかし、議会はこれを拒否(まあ、当然だ罠・・)。
その後、再び議会を召集するも、議会は課税を再び拒否。さらに、議会は、チャールズ1世の失政を非難し、政治の抜本的改革を要求する大諌議書をわずかの差で可決。そのため、ジェームズは議会を武力でおさえようとし、乗り込んだが、すでに議員たちは逃亡した後だった。
この一連の流れがきっかけで、後のピューリタン革命が起こるのだった。これについては次回で・・・・。

うあああ・・・イングランドの内部長いな・・・。

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Comment

ジャス : 2006年04月16日(日) 23:21 URL edit
初めまして。調べ物をしていたらひっかかったので、来てみました!

最近「ネブカトネザル」という単語を聞いて、妙に耳につき、どっかで聞いたことのあるものの、何だったっけ? という感じだったんですが、それについて詳しく載っていたので、もの凄く助かりました♪ そうでしたね、新バビロニア時代の頃の王でしたね。世界史をちゃんと勉強しないということが判明しちゃいましたw

それ以外にも、色々な世界史について詳しく書いてあったので、すげぇな。と驚きました。ホント、助かりますw


何か、大航海時代についてのブログなのに、場違いなコメントごめんなさい^^;

では、お邪魔しました~m(__)m
めけ : 2006年04月17日(月) 02:10 URL edit
ジャスさん>>
はじめましてー。ネブカトネザルですかー。
大航海時代ゲームのブログなのですが、ゲーム1割、その他8割ですので、まったくおかまいなくです。コメントしてくださってありがとうです!
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