黒太子エドワード::人物列伝
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黒太子エドワード

2005-06-25 ; 人物列伝

イングランドは、フランスのノルマンディー公ウイリアムによって支配され、ノルマン朝が成立し(1066)、フランスではノルマン公として広大な領土を持つにいたったため、フランス国王の封建的臣下であるノルマン公が他国の王であるという非常事態となった。
このため、イングランドとフランスは一触即発の状態になり、さらに、ウィリアムの孫のスティーブンの代でノルマン朝が断絶すると、フランスのアンジュー伯アンリが王位につき、さらにフランス国内のイングランド領は増大する。
そのため、両国の関係はさらに悪化した。
アンリはプランタジネット朝を成立させ、ヘンリ二世となり、フランス王ルイ7世と離婚したエレオノーラと結婚することによって、ギュイエンヌ公領(ボルドーのある地域)などを相続し、フランスの西半分を支配するにいたった。
しかし、フランス国王「尊厳王」フィリップ二世の活躍により、イングランドはギュイエンヌ公領などを残すが、フランス領土の大半を失うことになる。
当時、フランス国王は領土を拡大したとはいえ、まだ国内にはブルゴーニュのような大きな封建領主が存在していた。
そんななか、フランス国王フィリップ4世は封建領主の支配地であったフランドル(現在のオランダとベルギーのあたり)を支配化に置こうとしたが、フランドルは当時毛織物産業でイングランドと密接に結びついていたため争いの火種となる。さらに、フィリップ4世が亡くなると、フランスのカペー朝は断絶し、甥のフィリップ6世が王位について、ヴァロワ朝を創始した。フィリップ6世はワインの生産地であったギュイエンヌ(イングランド領)に関しては、イングランドは封建的臣下であるとして、ギュイエンヌを割譲するようにイングランドを圧迫した。
これに対して、イングランド王エドワード3世は母イザベラがフィリップ4世の娘であることから、自分にもフランス王継承権があるとして、挑戦状をたたきつけた。
こうして、百年戦争ははじまることになる(1357年)

いよいよ今回の主役、黒太子エドワードの登場である。
彼は漆黒の甲冑に身を包み勇猛果敢に闘ったことから「黒太子(ブラックプリンス)」という称号を授かる。
彼が戦いで勝てた最大の要因は長弓(ロングボウ)隊の活躍であろう。当時射程の短い弩(クロスボウ)を使用していたフランスに対して圧倒的に優位に立てた。
クレシーの決戦(1346)では、ロングボウでフランス軍を圧倒したエドワード率いるイングランド軍が完勝した。またこのたたかいではじめて、イングランドは大砲を使用した。新兵器が旧兵器を圧倒した戦いでもあった。
1347年にはカレーを落とし、ここをイングランドの大陸進行の本拠地とした。
1355年にはエドワードはギュイエンヌにわたり、復讐に燃えるフランス王ジャン二世とポワティエで遭遇、即戦闘となった(1356)。
この戦いでも勝利したエドワードはジャン二世を捕らえ捕虜にする。しかし、かねてから流行していた(1346-1350)黒死病によって、フランス国民の約3分の一が死亡し、さらに追い討ちをかけるように、1358年にはこれが原因で農民の反乱(ジャックリーの乱)がおこったため、プレティーの和約が結ばれ、ジャンは開放されることになる。
これが、百年戦争前半戦の概要であり、卓越したエドワードの才能により、イングランド優勢で前半戦は幕を閉じた。

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