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農家の家ってどうだった? その2

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2006-04-03 ; 歴史雑学

さて、少しあいてしまいました。前回は農家の家とはどんな感じになっていたかを見てみました。今回は、家の内部を見てみたいと思います。
我々が西欧風だなあと感じる家の設備としては、なんでしょう?
いまの私達が見ることができて、西欧ぽいものがこの時代どの家にもありました。それは暖炉です。
では、このころの暖炉とはどうなっていたのでしょう?

●暖炉
大きな農家で付属施設があろうと、また小さな農家で付属施設がなかろうと、母屋には一般に居間と寝室という二部屋からなり、今には炉が設置されていた。この煮炊きと暖房のための炉は住居の中心であり、炉という言葉は世帯そのものを意味するほどにもなっていく。(例えば、フランスで世帯ごとに課せられた戸別税は「炉税」という名前がついていたほど。)
ともかく、炉の設置のためには、火災の危険を避けると同時に、煙の排出という問題を解決する必要がある。炉を屋外に出してしまって、家の軒先や外部の小屋に炉を置くこともあるにはあったが、こうすると家の暖房には全く役にたたない・・・・・。
部屋の真ん中に炉を置いた場合は、屋根に換気用の天窓をつけたり、炉の上に四本の柱で支えられた排気口を設置する方法も行われた。
こうして試行錯誤をしていくうちに、私達に馴染み深いものが出現してくる。壁を背にして置かれ、煙突によって排煙される暖炉がやがて登場する。火に強い石造りの場合には設置が容易であり、王侯貴族の館には9-10世紀にはこのタイプの暖炉が設置された例もある。
煙突付の暖炉を取り付ける方法は二つあって、最初から石の壁のなかに暖炉と煙突を作りつけにするか、建物完成後にドロや漆喰を塗って耐火措置が施された木製の煙突を取り付ける方法だ。
中世の暖炉は、後付の方法が一般的で、後に組み込みタイプの物が出現してきたそうだ。
生活に必須な暖炉の発展によって、わたしたちが今見る西欧風の石造りの煙突付の家が登場してくるというわけ。

少し煩雑ですが・・・、こんなわけで、あんなかわいらしい家が登場したのですね。
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