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ジョン・ディーの妖しい側面

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ジョン・ディーの妖しい側面 その2
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2006-03-16 ; 人物列伝

ロンドンでジョン・ディーに会ったことのある方はすごく多いと思います。彼は1527年にロンドンで生まれた生粋のロンドンっ子で、1542年には名門ケンブリッジ大学に入学し、なんと一日睡眠4時間で勉強に明け暮れたそうです(なんと一日18時間勉強したそうですよ!)。
そして19歳にして助手に抜擢され、2年後には博士号を取得して卒業。その才能を高く評価されたジョン・ディーはこれまた名門のオックスフォード大学の教授職に推薦されますが、これを辞退してフランスのランスにある、ルーヴァン大学でさらに学業に励む道をえらびました。
その後、ユークリッド幾何学の講義が高く評価され、また教授職への誘いを受けるほどの天才的な数学者としての地位を確かなものにしました。また、航海術の権威としての評価も高いものでした。

まあ・・、そんな天才的なジョン・ディーでしたが、天才とはなんでこうも・・ということに情熱を捧げます。なんと彼が情熱を捧げたのは卸霊術だったのです!
では、前置きが長くなってしまいましたが、ジョン・ディー博士の華麗なる生涯をどうぞ。

●博士謎の言語を発見せり
学者としての名声の高かったジョン・ディー博士は、母国イギリス王宮の占星術師として王室に仕えることとなった。
一定の賃金が入るようになった彼は、いよいよ前々から情熱を捧げたかった霊能の研究に没頭する。
博士は、さまざまな怪しい霊能者と交流を深めたのだが、その中にエドワード・ケリーという人物がいた。
このエドワード・ケリーは、とてもじゃないがまともな人物とは言えず、前科数犯の持ち主で、ペテンの罪で両耳切断の刑を喰らったほどの悪党であった。
しかし、ディー博士はケリーの言いなりになり、こうして珍コンビが結成されたのだ!
その後、彼らはさまざまな魔術の実験に熱中したが、やがて水晶凝視に夢中になっていく・・・。ケリーが覗き込む水晶球の中に、霊が現れて彼らにいろいろな知識を授けるといった魔術である・・(あやしい・・、ケリーがペテンの罪で捕まったほどだから、ますます信用できない・・)。
この球の中に現れる霊は主に天使だったが、天使の伝えるメッセージの中に一連の奇妙な言葉があった。この言葉こそ後世にジョン・ディー博士の名を知らしめた「エノク語」だったのだ!

前置きが長くなりすぎましたので、続く・・・。
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