2006-02-25 ; 人物列伝
ユスティニアヌスの死後以来続く外敵の侵入と、現皇帝フォカスの悪政ぶりに、国民のフォカスへの支持は地に落ちていました。そんな中立ち上がったのがカルタゴ総督ヘラクレイオス(父)でした。
●フォカスを倒せ!
カルタゴ総督ヘラクレイオス(父)はフォカスを打倒しようという動きを見せると、それに貴族や一部市民が賛同し、ヘラクレイオス(父)は、ビザンツの穀倉地帯エジプトの制圧にとりかかる。
それと同時に彼の息子ヘラクレイオス(子)は、フォカス帝を直接討つべくコンスタンチノープルに歩を進めるのだった。
権威が地に落ちた皇帝を相手にしたため、ヘラクレイオス(父)は、あっさりとエジプトを制圧。
一方のコンスタンチノープルでは、対抗策の一つとしてフォカス帝がヘラクレイオスの婚約者エウドキアを人質にしたが、これは逆効果でヘラクレイオスは愛する婚約者を救うためにやる気アップ!したのだった。そのかいあってか?わずか2日で、ヘラクレイオス(子)はコンスタンチノープルに入城、フォカス帝を処刑し、愛する人を取り戻したのだ!
こうしてヘラクレイオス(子)は皇帝に即位し、皇后にはエウドキアを立てたのだった。
●愛がないと燃えないよ?
610年現在の帝国は、北はアヴァール族・イタリアではランコバルド族・そして東方ではようやく内乱を抜け出し安定させたササン朝ペルシアの強力なシャー(王)ホスロー二世が次々に領土を侵食し、国はフォカスによって荒れ果てていた。そんななか即位したヘラクレイオスは救国の英雄として迎え入れられたのだったが・・・・・・。
「愛がないとやってられねーー?」とでもいったかどうかは謎なのだが・・・・。
それはともかくとして、あれほど精力的にコンスタンチノープルまで攻め上がってきた皇帝の気力が全くなくなっていたのだ。そうこうしているうちにも、ササン朝ペルシアは長年の復讐を晴らそうと帝国に本格的な侵攻を開始。
611年アンティオキア征服。614年聖地エルサレム征服。619年最大の穀倉地帯エジプトを制圧と、旧アケメネス朝ペルシアの最大領土を再現させんが勢いであった。
特にエルサレムの征服は、ビザンツ国内に最大の屈辱と精神的な大打撃を与えることになった。
もうペルシアが首都コンスタンチノープルに迫ろうとしている・・。皇帝ヘラクレイオスは和睦の使者を出すが、受け入れられず、ヘラクレイオスはカルタゴへの逃亡を図ろうとたくらむ・・。
しかし!このとき愛があったのだ!
姪のマルティナと再婚し、ヘラクレイオスは愛のパワーを補充!そして市民のとどまってくれとの声。こうして土壇場になってヘラクレイオスはササン朝ペルシアのホスロー二世と戦うことを決意したのだった。
余談ではあるが、このときヘラクレイオスが逃げ出していれば、コンスタンチノープルは占領され、ビザンツは滅亡していたかもしれない。
続く・・・・・・
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Comment
楽しい時代だ。(゜ー゜)(。_。)(゜-゜)(。_。)ウンウン
あと、ぐぐったところ、ランコバルドよりランゴバルドのほうが定訳みたいやよ。
たしかに外からみてると楽しい時代かも!
ゴとにごるんですな・・・。アウ・・。