「ローマ史上最悪の皇帝」カラカラ その2::人物列伝
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「ローマ史上最悪の皇帝」カラカラ その2

2006-01-19 ; 人物列伝

さて、無理にひっぱってしまったカラカラ帝のお話。大浴場で放蕩にふけるカラカラでしたが、ついに東方へ遠征しなければならなくなります。

●カラカラ東へ
215年にカラカラは軍を東に進め、アルメニアなどを偽計によって見事奪取するも、すぐさまアルメニア人の反撃を受ける。手痛い反撃を受けたローマ軍は、地中海東岸の都市アンティオキアに入った皇帝は、パルティア(ペルシア人の当時の王国、メソポタミア地域をおさえていた)王ヴェロゲセス5世に和平を呼びかける。
パルティア王ヴェロゲセスは、カラカラ帝の呼びかけに答え、首都に招き入れる。
このとき実は、カラカラ帝は和平を結ぶ気などなく、祝宴にまぎれてパルティア要人を皆殺しにしてしまおうとたくらんでいたのだ。
そうして、双方は祝宴を催して和平を喜び合う。そのとき、ローマ軍将校がパルティア王以下要人を一網打尽にしようと乱入。
不意をつかれたパルティア陣営は、偶然に逃れることのできたヴェロゲセス5世を除き、他のほとんどが殺害されてしまう。
当時のパルティアは、東をヴェロゲセスが、西をアルタバヌスが王位継承の関係で分割統治していたのだが、この事件をきっかけに協力しあい、ローマに復讐すべく兵力を結集する。
だが、カラカラ帝はとまらない。その間にもアレクサンドリアに入城すると、些細なことで皇帝の怒りを買ってしまったために、アレクサンドリア市民の一大虐殺を命じる。それによってアレクサンドリアは、人口50万(当時としては世界最大クラス)の市民が半数にまで減ってしまった。
これらの一連の大虐殺と、対パルティアとの戦争のやり方に不満をいだいた将軍マクリヌスは、217年カラカラを殺害し、自ら皇帝を名乗る。
こうして悪帝カラカラはこの世をさったのだった・・・。
ローマのこういった皇帝の末路はいつも側近からの殺害ときまっているのだろうか・・・。カラカラも例に漏れず暗殺されて生涯を閉じる。

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