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「ローマ史上最悪の皇帝」カラカラ

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「ローマ史上最悪の皇帝」カラカラ その2
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人生バトン2

2006-01-18 ; 人物列伝

市民のために大浴場をつくった皇帝として知られるカラカラ帝ですが、彼は多くの歴史家からローマ史上最悪の皇帝と言われています。
あの悪帝として名高い、コンモドゥス、カリグラ、ネロをも凌ぐというのですからたいしたものです。

●カラカラ帝の政治
ローマ5賢帝の最後の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウスの死後、これまでの譲位という形で帝位が移っていたものが、息子のコンモドゥスに帝位を譲ったことで、賢帝時代は終焉を迎える。
コンモドゥスは史上に名高い暴君で、彼の治世にローマは荒れるのだが、その後をついだセウェルスが帝国を立て直す。しかし、セウェルスの死後、彼の二人の息子カラカラとゲダは非常に仲が悪かった。父の崩御後、二人は共同統治したのだが、後にカラカラはゲダを暗殺しただ一人の皇帝となる。
彼は皇帝になるとまず何を思ったのか、ローマ軍をアレクサンドロス大王のマケドニア風に改め、膨大な資金を使って装備まで改める。
それによって出てくる不満は、将兵の給与を上げること(アントニウス法)によって解消されると考えたのだ。これは、後の軍人の権力の肥大の遠縁になる。
また有名な大浴場を建設し、そこで淫楽にふける・・・。
カラカラ帝の時代のローマは、軍人の権力が拡大するとともに、ローマ帝国の領土の拡大によって戦費がかさみ、財は決して余裕のあるものではなかった。コンモドゥス以後近衛兵に暗殺される皇帝も増えており、皇帝としては、出費を抑えるとともに、軍人の権力を抑制しなければ自分の命さえも危うい時代であった。
そんななかカラカラは、軍人の給与をさらに拡大したことによって国庫を圧迫・軍人の権力も増大してしまい、後の混乱期(いわゆる軍人皇帝時代)を招いてしまう。
そんなことは露知らず、カラカラは放蕩にふけっていたのだが・・。

続きは次回・・・・。

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