「魔術師」ヴェリサリウス::人物列伝
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「魔術師」ヴェリサリウス

2005-06-17 ; 人物列伝

ヴェリサリウス(505~565)は東ローマの将軍で、少数の兵士で大軍の敵を幾度も打ち破った戦術の天才である。
農民出身のヴェリサリウスは、軍に入隊すると瞬く間にその手腕を買われ、対ペルシアの東方戦線司令官に任命された。

少し話しがとぎれるが、この時代の東ローマ帝国についての解説。
375年にゲルマン民族の大移動がはじまり、ローマ帝国は東西に分裂する。オドアケルによって西ローマが滅び(476)、旧西ローマ帝国領地は、西ゴート、フランク、東ゴート、ヴァンダルなどのゲルマン系民族によって支配をうけた。ただ、ゲルマン民族はキリスト教化しており、名目上、ローマ帝国の承認の元国をつくった。
東方には急速に力をつけてきた、ササン朝ペルシアが控えており、東ローマを圧迫した。
北にはスラブ、ブルガール族が東ローマを圧迫していた。
そんな時帝位についたのが、元マケドニアの将軍であったユスティニアヌス一世(483~565)であった。
ユスティニアヌスは世界史の授業で聞くには、東ローマの最大領土を築いた偉大な皇帝とされているが、実際はこの皇帝とんでもない奴で、その性格は、
他人の能力に対して嫉妬ぶかく、いつも用心深く、さらに領土欲も非常に強い上にけちで、蓄財なんぞ考えないそんな皇帝であった。

ともかく、ヴェリサリウスはユスティニアヌスによって東方戦線指令長官に任命され、ペルシャを打つよう命を受ける。
ヴェリサリウスに与えられた兵はほとんど新兵であり、数は約2万人であった。
ダラス要塞に立てこもったヴェリサリウスは約倍の4万のペルシア軍相手に見事勝利し、ペルシアに永遠の平和を誓わせた。
(530年)
次に、ユスティニアヌスが我慢ならんというローマ市民はコンスタンティノープルで武装蜂起、これがニカの乱である。
絶望するユスティニアヌスに妻のテオドラ(鉄の女として有名)は、「皇位こそ最高の死に装束」といって励まし、ヴェリサリウスに鎮圧を命じた。
わずか3000人の兵士を与えられたヴェリサリウスはニカの乱を鎮めた。
領土欲が復活した皇帝にアフリカ北岸のヴァンダル討伐を命じられると、ヴェリサリウスはヴァンダル王国を滅ぼすことに成功する(533)。
次にイタリア半島の東ゴート王国の討伐を命じられるが、ユスティニアヌスはヴェリサリウスの能力に嫉妬し、成功しそうなところで彼を解任してしまった(535)。
ヴェリサリウスは再びペルシアを破り(542)、イタリア半島の征服に乗り出すとまた成功しそうなところで解任された。
このことで、ヴェリサリウスは軍を退役し、コンスタンチノープルでひっそりと余生をすごしていた。
その後、スペイン南部で反乱がおこったり、スラブ族が北から攻めてきたりと、危険な状態になると皇帝は都合よくヴェリサリウスを呼び出し、ヴェリサリウスは当然のように全ての戦いで勝利した。
562年には皇帝の嫉妬は最高に達し、ヴェリサリウスを無実の罪を着せて侮辱し投獄した。翌年には皇帝もさすがにやりすぎたと思ったのか、解放されヴェリサリウスはひっそりと余生をすごすのだった。

余談
ヴェリサリウスは常に少数の兵しか与えられなかったので、後の世に少数で大軍を倒すすごい将軍となったのかもしれない。
ユスティニアヌスは人材に非常にめぐまれた皇帝であった。ヴェリサリウスをはじめ、妻のテオドラ、名将ナルセスなど優れた人物がたくさんいた。

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    Comment

    フェルマー=ディック : 2006年02月24日(金) 19:18 URL edit
    無能上司の典型ぢゃないか、と。
    それでも何とか国(皇帝ではなく)を支えようとする妻と配下達。。(T▽T)
    めけ : 2006年02月26日(日) 01:27 URL edit
    ユスティニアヌスに関しては、わたしの主観が結構入っているかもですが・・・、この時代の東ローマは間違いなく人材はトップだったと思いますよ。
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