第三次ポエニ戦争 その2::歴史雑学
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第三次ポエニ戦争 その2

2005-12-22 ; 歴史雑学

交流会記事のため、間があいてしまいすいません。前回は、第三次ポエニ戦争に突入するまでを書きました。今回は、戦闘経過を書いてみたいと思います。

●第三次ポエニ戦争始まる
ローマが開戦すると、カルタゴはいつになく挙国一致体勢をとる。カルタゴ人は総動員され、人格に問題があったため国外追放されていたハストルバル・K(本当は名前がKとかつかないのだが、ややこしくなるのでここでは、ハストルバル・Kとする)を呼び戻し、その指揮の下に兵器装備の製造を進めた。また、隣国ヌミディア王の孫でカルタゴ人の血を引くハストルバル・Nが、カルタゴを憂い陣営に参加。また、二人のハストルバルはもちろん、これまでのポエニ戦争で登場したハストルバルとはまったくの別人である。
ローマ軍は、カルタゴの北方のウティカに、総督センソリヌスが滞在しており、軍団を率いてカルタゴ郊外に進軍(紀元前149年)。
センソリヌスは海上から、マンノリウスが陸上から、それぞれカルタゴの城壁へと迫る。しかしながら、海上では、カルタゴ軍の投石器などの活躍により、ローマ軍は大打撃を受け、簡単に撃退されてしまった。
今回は、第一次ポエニ戦争とは立場が逆だったといえる。ローマ軍は、カルタゴには戦力がないと鷹をくくっていたのだ。その油断が命取りとなり、センソリヌスはあっさりと撃退されたというわけであった。
この敗戦によって、センソリヌスは任務を放棄し、本国へ帰国してしまう。一方のマンノリウスもまた、攻め寄せては死傷者を増大させ、戦果が上がらないといった無能きわまる戦いぶりを見せた・・・。

●戦勝によってカルタゴは・・・
ここまでの戦争経過で、事実カルタゴは勝ちかけていた。もし次の執政官をまた敗北させていれば、ローマとの講和も視野にはいってきている。しかし、古来から続くカルタゴの性悪さが頭をもたげてくる。全ポエニ戦争を通じてこの性悪さによって・・カルタゴは敗北したのだ・・。
具体的にはどうなったのかというと、人間性が悪く国外追放になっていたハストルバル・Kは、ヌミディア系のハストルバル・Nと自分が同列であることを嫌い、その失脚を企てる。ヌミディアの多くがローマの協力者であったことから、ハストルバル・Nは近いうちにカルタゴを裏切るに違いないとの噂を流したのだ。
なんということか、この噂を真に受けたカルタゴ元老院は、名将ハストルバル・Nを噂に基づいただけで反逆罪で処刑してしまう。
これより過去に、戦争の真っ最中、しかも不利な戦いを強いられているときに、味方の有力な将軍を追い落とすなどということは、例を見ない。
もちろん、これ以後2100年に渡って現在までの戦史でも稀有な出来事であった。
そのような内部崩壊後に、カルタゴに攻め入ったのが小スキピオであった。小スキピオは、カルタゴの3重に囲まれた城壁を見たとき、攻め落とす算段さえつかなかったという。しかしあろうことか、カルタゴ兵は不利な戦争の真っ只中に守備兵が油断をして、ローマ軍に突入を許してしまう。
こうして、突入したローマ軍は、カルタゴの豊かな果樹園を焼き、彼らの補給線を立ってから、軍港の封鎖を決行。
実は、この作戦はあまりいい作戦ではなかった。というのは、カルタゴは見る間に、別の出入り口を突貫工事で作ってしまい、そこから補給を確保したのだ。
ここで、封鎖を解かなかった小スキピオもよろしくないのだが(海上封鎖している艦隊が、別の入り口から夜襲をかけられたらひとたまりもない)、カルタゴはもっとおろかであった・・・。
なぜか、封鎖されたままでよしとし、ついに夜襲をかけなかったのだ・・・。
こうして、カルタゴは落ち、滅亡したのである。余談ではあるが、ハストルバル・Kは、最後の段階でもカルタゴを裏切り、自ら小スキピオのところに歩み出て、自分の助命を願い出たのであった・・・。もちろん、小スキピオがそれを許すはずもなく、ハストルバル・Kは市街引き回しのあと処刑されている。

カルタゴが衰退し、滅んだのは、ローマが巨大であったからではなく、どうやらカルタゴ自身の性悪にあるようですね。

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    Comment

    彷徨う者 : 2005年12月22日(木) 04:39 URL edit
    ども、リンクありがとうです
    なんというか、すごいブログですねぇ、歴史についていろいろ書いてるようなので後でじっくり読ましていらだきますw
    で、あらためまして、今後ともよろしくです~
    メルツ : 2005年12月23日(金) 15:20 URL edit
    なるほど~
    敗国側の体質に問題があったわけですね。
    まあ、こういう話は歴史の中には多々ありそうですが
     私も一冒険者として、もっと学術的なブログをかきたい!とは思ってますが・・・なかなか^^;
     その点、歴史についてよくまとめていらっしゃるので、参考になります^^
    めけ : 2005年12月23日(金) 16:50 URL edit
    彷徨う者さん>>
    これからもよろしくですーー。あまり読む気が出るかわからない煩雑な文章ですが、我慢強く見守ってください・・・。
    メルツさん>>
    学術的なブログじゃないっすよー。あくまで趣味ですので・・
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