2005-12-15 ; 歴史雑学
おそるべきニザリ教団は、政敵、宗教的対立者スンニ派にその触手を伸ばしていきます。
●サラディンに伸びる魔の手
中世の理性・カリスマと後世の人々から尊敬を集める英雄サラディンは、スンニ派イスラム教徒で、彼が起こしたアイユーブ朝もまたスンニ派だった。
これを快く思わなかったシーア派のシリア王は、ニザリの暗殺教団にサラディンの暗殺を依頼。二度にわたってサラディンは、暗殺者の刃に襲われるが、ニザリの噂を知っていた彼の準備は周到で、鎖帷子(かたびら)をまとっていたためかろうじで助かった。
二度にわたって襲われたサラディンは、ニザリ教団に報復を決意し、1176年シリアのマスヤーフ砦を包囲。しかし、この砦の長老ラシード・シナーンは後世に語られるほどの傑出した指導者であった。
ラシードは、使者をサラディンの募舎に送り込み、その使者は厳重な身体検査のあと、二人の衛兵に囲まれながらサラディンの前にたつ。
使者は突然、二人の衛兵に向かって
「今、もしわが師の名において、スルタン(サラディン)を殺せと命じたらどうするか?」とたずねると、二人の衛兵はうなずき剣を抜き放ったのだ!
これにはさすがのサラディンも顔が青ざめた。最も信頼する部下が剣を抜いたのだ!
この後使者は、伝えることはこれが全てだと言葉を残し、二人の衛兵とともに立ち去った。
使者が去るとすぐさまサラディンは攻囲を解き、シリアから退却したのだった。
おそるべし!ニザリ教団である。歴史の裏の舞台には、わたしたちが信じられないような巨大な闇の勢力が存在するのは、いまもむかしも同じということでしょうか。
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Comment
それにしても、スンニ派とシーア派ってこんな時代から争っていたとは、驚きです!
宗教は、できたとたんに派閥がわかれて大なり小なりの争いをするみたいですね・・。
創始者はそんなこと望んでいないのに。。。