ディストピアから愛を込めて その2::自作小説
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ディストピアから愛を込めて その2

2016-09-26 ; 自作小説

少し短いですがキリのいいところで。
2.
「おはようございます。馬場健二、あなたは幸福ですか?」

毎朝8時ちょうどに1分1秒ずれることなく、僕の携帯端末からの呼びかけ。

「はい。僕は幸福です。コンピューター」

僕はコンピューターの声に答える。

「馬場健二、幸福は義務です」

あれから4日がたった。今日登校すれば休日となる。

「おはよう」

僕はがっちりとした体格の友人に今日も変わらぬ挨拶をする。

「おはよう。健二」

僕らの住む建物を出て、まっすぐ10分ほどあるくと中央広場だ。中央広場には居住区の建物の二倍ほどの高さがある時計塔がある。
時計塔は武骨な鉄筋を組み上げ、上部に巨大な時計と時計の下に本日の人口を表示する電工掲示板がついている。

今日の人口は265002人らしい。昨日は何人だったかな...

昨日も一昨日も同じことを考えていた気がする。

しかし、倉橋茜の変わりぷりは僕の想像を絶している。この分だとあと一週間彼女と過ごさねばならない。
別に彼女と接するのが嫌な訳ではないけれど、少し疲れる。
そうだ、週末に少し悪いことでもして気分転換でもしよう。


「倉崎さん、おはよう」

個室棟へ入ると少し変わった市松人形のような少女、倉崎茜が木製の背もたれの低い椅子に腰かけて読書をしていた。

「おはよう。馬場くん」

倉崎さんは本から目を離し僕のほうへにこりと微笑みながら挨拶を返す。

オリエンテーションの期間は学校の施設、学校での過ごし方を覚える以外は特に決められたことはないので、ほぼ娯楽時間である。
倉崎さんは娯楽棟のことにはあまり興味がなく、実のところ学校内の案内はほぼ済んでいる。残りのオリエンテーション時間は娯楽時間として過ごす予定だ。
もし倉崎さんが娯楽施設の案内を頼めばその限りではないのだけど。

この三日間で苦労したことを挙げればきりがないけど、一番苦労したことは彼女の敬語口調を改めさせることだったかもしれない。
この世界は平等がうたわれているので、敬語を使うことはなるべく避けなければいけない。
管理者たるコンピューターは自身をコンピュータさんと呼ばれることを嫌うように、管理者自ら平等であることを進めている。
そんな事情があるので、敬意を払うということでお互いの尊重の面から初対面では敬語は使うには使うが、それは初対面だからこそだ。
人は人同士の上下関係を作らないために、言葉遣いも気にしなければならないってことらしい。

そういうところも僕は気に入らないのだが...

しかし倉崎さんは時間が空けばずっと読書。僕はボーっとしていることが多い。

「倉崎さんは読書が好きなの?」

ふと疑問に思い聞いてみる。

「ええ」

本から目線を離さず応じる倉崎さん。

倉崎さんの読む本は変わっている。この国の歴史、習慣、流行りの娯楽、地図などなど。まるでこの世界のことを知らないかのようだ。
ひょっとして、いやまさか。
ちょっと妄想がひどいな僕は。

こういうときはパイルに限る。
僕はカバンから赤い缶を取り出しプルタブを開ける。二口ほど飲むと多幸感に包まれ気分が落ち着いて来る。

あー。今日のお昼はなんだろうか。
などと考えボーっとしていると高いベルの音が二度。

チリンチリン

「倉崎さん、お昼だよ」

この個室は二人用なので、普段の個室の倍の広さがある。
引き出しのない僕が抱え込めるサイズの長方形の机と木製の背の低い背もたれの付いた椅子。僕の両手ほどの広さの窓。
部屋の広さは、3メートルかける2メートル。全ての二人用の個室には同じサイズ、同じ机と椅子が置かれている。机と椅子の色も全て薄茶色で統一されている。

お昼のベルが鳴ると、天井から机の天板と同じサイズのディスプレイが下りてくる。
僕は携帯端末を操作して、今日のお昼を選ぶ。

今日はラーメンでいいかな。

携帯端末を部屋のディスプレイに向け、ラーメンの注文を送信。

¥エラー。必須エネルギー不足です。エネルギーカプセルを添付¥

とディスプレイにメッセージが表示され、きっちり5秒後画面が切り替わり、

¥受付ました。1011号室に取りに来てください¥

と表示され、5秒後に画面は真っ黒になった。

真っ黒になってすぐ、倉崎さんも昼食を選び僕らは1011号室で昼食を取るのだった。


授業時間---といっても今は娯楽時間みたいなものだが---の終了1時間前、今週最終日の本日は恒例行事がある。
倉橋さんをチラリと見たが行事への準備をはじめてもいない。

後輩を待ち、その後にと思ったけど先にやってしまおう。

「倉橋さん、先にいいかな?」

一応倉橋さんにも確認。

「う、うん?」

ハテナマーク顔の倉橋さん。中学校からやっている行事なのに、まったく。
まあ許可も取ったのでさっさと済ませることにしよう。

僕はブレザーのボタンに手を掛けブレザーを脱ぐと、ワイシャツのボタンにも手を掛け淡々とボタンを外していく。
ワイシャツを脱ぎ、アンダーシャツも脱ぎ、ズボンのベルトへ手を掛けたところで倉橋さんが悲鳴を上げた。

「どうしたの?」

狐につままれたような顔で尋ねる僕。

「ちょ、脱いでる!なんで脱いでるの!」

顔を真っ赤にして手で目を覆いながらすごい剣幕の倉橋さん。
何を言っているんだこの人は...週末帰宅前は健康診断じゃないか。
健康診断は全ての服を脱いで光を浴びないと正確な診断ができない。

「なんでって、中学生のときから...」

と言いながら言葉を途中で切る僕。まさか、健康診断を知らない?いや、しかし。
考えても始まらないので、倉橋さんを無視して僕はズボンに再び手を掛け、下着も脱いだ。
携帯端末から準備完了をディスプレイに送信すると、ディスプレイから柔らかい光が発信され僕に照射される。

ディスプレイが点灯し体調を読み上げてくる。

ディスプレイには馬場健二 健康 と。

僕の番は終わったので次は倉橋さんの番なのだが、倉橋さんは手で目を覆うばかりで動こうとしない。

「倉橋さん?」

ビクッと肩を震わせる倉橋さん。ひょっとして脱ぐのを嫌がっている?
それにしても、「なぜ」服を脱ぐのが嫌なのだろう。僕にはさっぱりわからない。
女の子だから?いやそんなことはない。僕が接したことのある人間は多数いるが脱ぐのを嫌がった人は記憶にある限りいないし、
優に聞く限り、優が接した人の中にもいない。

「わ、わかったわよ!脱ぐから!あっち向いてて!」

顔を真っ赤にしながら倉橋さん。

なんのことかわからないけど、回れ右すればいいんだな。
回れ右しようとする僕に再度倉橋さんから声がかかる。

「そ、その前に服を着て...お願い...」

不思議な倉橋さん。
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