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アルマダの海戦 その4

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運命の7月21日 アルマダその5
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11月パッチはこんな感じ。

2005-11-04 ; 歴史雑学

さて、いよいよ海戦について見てみます。長くなると思いますので、斜め読みでいくのもいいかもしれません。

●スペイン艦隊出航する
先の1587年、カディス港を襲撃され、それを迎撃したスペイン艦隊は、フランシス・ドレーク率いるイングランドのガレオン船にまったく歯がたたなかった。そのため、イングランド侵攻についてスペイン王フェリペは、このような作戦を立てた。
■イングランド侵攻作戦
イングランド軍は精強なので、まずネーデルラントに向かい、そこにいるファルネーゼ公率いる歩兵3万・騎兵500の部隊と合流し、イングランドに侵攻せよ。また、合流するまでは、極力イングランドとの交戦はさけよ。
この作戦を受け、シドニアは1588年5月18日リスボンを出港。補給のために立ち寄ったラコルニャを6月21に出港。ここまでは順調だったが、途中で嵐にあい艦隊は大きな被害をこうむる。この嵐でサンタ・アナ号とガレー船4隻をスペインは失った。しかしながら7月19日ようやく、イングランド南西のリザート岬沖に到達する。ここで、シドニアは輸送船を守るために三日月形の陣形に再編成する。
■イングランドの動向
イングランドのハワードはドレークの提言に従い、全精鋭部隊をブリマス港に集結させ、7月20日に出港。7月21日にはスペイン艦隊を捕捉し、ついにアルマダの海戦は幕をあける。

すいません・・・本日二度目のエントリーですので、短いですが次回へ・・・。

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    11月パッチはこんな感じ。

    Comment

    アンナ・スコット : 2005年11月04日(金) 05:05 URL edit
     実は私、以前プリマスでホームスティしたことがあるのですが、その家は「ドレイク家」そうです!今回の話しに出てくる、あのキャプテン・ドレイクの遠い遠い末裔の家と言うことでした。
     ちなみに、私がホームスティした家は、牧場と麦畑を経営していましたが、バーベキューの時に集まった親戚方には海軍の方もいらっしゃいました。

     まさか、読み物の中に出てくる海賊の末裔とじかに接する事ができるとか感動モノの思い出ですw
    ハーレム : 2005年11月04日(金) 05:51 URL edit
    やっぱり、本で読んだり、写真でみるのと違い
    実体験というのは何物にも代え難い財産だと思うんですね。
    体験から来る話というのは説得力もありますし
    だから、リアルのドレイクの末裔の方々と知り合えたなんてうらやましすぎ!(≧▽≦)
    もしそのときこのゲームをやっていた後なら、いっそう話が盛り上がったでしょうね。
    めけ : 2005年11月04日(金) 15:26 URL edit
    アンナさん>>
    それはぜひお話をその方たちにきいてみたいっすね!われわれでも、先祖を遡れば有名な人がいるかも!
    ハーレムさん>>
    そっすね!わたしも話に参加したいっす!
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