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ハワードとシドニア アルマダその3

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アルマダの海戦 戦力

2005-11-03 ; 歴史雑学

イングランドを率いたハワードとスペインを率いたシドニア。この二人に共通する点は血筋がよく、大貴族出身だったということでした。しかしながら、この二人中身はまったく違います。

●ハワード・エッフィンガム(1536-1624)
英国紳士の走りともいえるハワード卿は、イングランド女王エリザベス一世とも親戚関係であったほどの家柄の持ち主で、人の意見を聞く謙虚さと、作戦遂行をなんとしてもなしとげる情熱を持ち合わせた人物だった。彼は、アルマダの海戦が始まる前年、スペインのカディス港を30隻あまりのガレオン船で襲撃し、31隻(うちガレー船12隻)のスペイン艦隊を完敗させたフランシス・ドレークに作戦の総指揮を取らせた。実績ある海戦の専門家に迷わず作戦を託した彼の性格は、当時としては稀有な存在だったのではないだろうか。
また、ハワードにはこんな逸話もある。
アルマダの海戦で勇敢に戦った兵士たちが、国庫の貧窮していたイングランド王室から充分な報酬が払われないことを知ると、ハワードは私財を使って彼らに充分な報酬を払ったのだった。
まさに、知性と品性を兼ね備えた英国紳士ハワード。

●メディナ・シドニア(1550-1619)
レパント海戦の英雄サンタクルズ公が、アルマダの海戦の半年前に亡くなると、かわりに総司令官に選ばれたのがシドニアだった。
シドニアが総司令官に選ばれた理由は彼の大貴族としての血と社会的地位の高さであった。元々、穏やかな性格で野心などもっていないシドニアは、海戦の経験もなかったため、スペイン王フェリペに、「自分は無能なのでできません」と司令官辞任の旨を伝えるが、王は彼の辞任を受け入れず、無理やり総司令官に任命する。
無能だと自認するシドニアは、人選もむちゃくちゃで、陸戦経験の豊富な指揮官を選んだり、部下からの信頼のない指揮官を選んだりしてしまった。

二人の総司令官からみても、スペインの不利は否めないと思います。次回はようやくアルマダの海戦を見てみます。

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    Comment

    アンナ・スコット : 2005年11月03日(木) 01:05 URL edit
     なんか、この段階ですでに勝敗が決まってしまっているのでしょうか??(;^_^A アセアセ…

     シドニアも、自分が望んでいないにも関わらず、後世まで敗軍の将として名前を残すと言うのはとても残酷な気がします。。。
    めけ : 2005年11月03日(木) 10:52 URL edit
    シドニアは、穏やかで文句の言えないおとなしい人だったので、下からも上からも扱いやすかったんであ??とおもったり・・。
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