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同盟制度の歴史的見解

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セイレーン
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大航海時代の裏に、宗教改革 その3

2005-10-23 ; 歴史雑学

まずは、公式ホームページの同盟制度についてみていただきたい。同盟投票制度
これを見ると、ネーデルラントはイスパニア、フランスはイングランド、ヴェネチアはポルトガルと同盟不可になっております。
ひとつひとつ見てみましょう。

●ネーデルラント
宗主国であるイスパニアと独立運動中で不可とある。オランダの独立を参照にすると、16世紀末ではあるが、確かにイスパニアとは敵対関係で、イングランドとは同盟関係にあったので、これは正しい。この後は、イングランドと英蘭戦争するので、イングランドとは敵対関係になる。

●フランス
百年戦争から続く敵対関係とある。フランスの歴史その2を参照にすると、確かにイングランドと百年戦争をしていて、敵対関係にある。1558年にカレーがイングランドからフランス領地になっているなど多少の小競り合いはあるものの、フランスがこの時代最も敵対したのは、スペイン・オーストリア両ハプスブルク家であったので、歴史的に一番敵対していた国となると、イスパニアとなる。

●ヴェネチア
ポルトガルと敵対関係にあったとなっているが、通商で敵対したとするならば、イングランド・ネーデルラント・ポルトガルと敵対しなければならなくなる。
ポルトガルの側から、新3国を見てみると、最も敵対していたのはネーデルラントである。ネーデルラントはポルトガルの通商地域をそっくりいただいたのであるから・・・・。
では、ヴェネチアが敵対した国とはどこだろう?
それは、オスマントルコである。東地中海の利権でオスマントルコとはかなりもめていたようだ。

とまあ、ゲームバランスを考えた敵対関係なのでしょうが・・・。ヴェネチアとポルトガルはいくらなんでも・・・・。
歴史に照らしてやるというならば・・・・・・
■イスパニア→ネーデルラント・フランス・イングランド・ポルトガル
■イングランド→イスパニア
■ポルトガル→ネーデルラント・イスパニア
■ヴェネチア→オスマントルコ
■オスマントルコ→フランスを除く全部
とまあ、こういう感じになりますね・・・これじゃあ・・えらいことになりますねえ・・・。

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    大航海時代の裏に、宗教改革 その3

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    くまエルフ : 2005年10月23日(日) 07:06 URL edit
     最近あまりにも時間がとれずに、大航海はおやすみしているのですが………早くオスマン・トルコでプレイできないかと心待ちにしているのです。
     こういう趣味的なのは私だけかなあ?
    めけ : 2005年10月24日(月) 00:04 URL edit
    わたしもあまりプレイ時間がとれてないっす・・・。
    オスマントルコより、東ローマを復興させるぜええとかいう、東ローマ国籍でプレイしたいっすうう。
    : 2006年02月14日(火) 13:31 URL edit
    ヴェネチアの敵対関係はこじつけと言えなくはないですが、塩野七生さんの本を参考にしたのではないでしょうか。ポルトガルのアフリカ経由のインド航路によってそれまでヨーロッパの胡椒経路を独占していたヴェネチアと軋轢ができたとあります。ポルトガルのペルシャ湾での海賊行為もアラビア経由の胡椒ルートにそれなりの打撃を食らったようです。
    めけ : 2006年02月15日(水) 10:00 URL edit
    なるほど!そんな感じで強引にもっていったんですね!参考になります。
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