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大航海時代の裏に、宗教改革 その3

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大航海時代の裏に、宗教改革 その2

2005-10-22 ; 歴史雑学

神聖ローマ皇帝カール5世より国外追放に処されたルターは、ザクセン候の居城にかくまわれ、聖書を翻訳する日々をすごしました。しかし、ルターは表に出なければならなくなってくるのです。

●ルター降り立つ
ルターは聖書に書かれていることこそ、真理だとする、聖書中心主義を唱えたのだが、このころ、聖霊による神秘的な体験を重視し、聖書を軽んじる「再洗礼派」という宗派が広まっていた。再洗礼派の名前は、自覚のない幼児期の洗礼を無効として、成人の「再洗礼」を主張したことからきている。
これを聞いたルターは、ヴィッテンベルクに再び姿をあらわし、あらためて聖書の重要性を説き、再洗礼派への警告を行った。
ルターがかくまわれている間にも、ルターが教皇と神聖ローマ皇帝に真っ向から逆らったことから、彼らに反する勢力を中心にルター派に改宗する者が増えてきた。
それは、教皇や皇帝に反感を抱く諸侯・没落しつつあった騎士・自由を求める都市の市民・封建制の重圧に苦しむ農民などであった。彼らはルターを支持したが、宗教的なものより政治色の強いものとなっていた。
■騎士たち
没落しつつあった騎士たちは、宗教動乱に乗じて教会諸侯領の撃破を唱えて蜂起するが、諸侯軍によって鎮圧される。(騎士戦争1522-23)
■農民たち
教会や諸侯らの圧政に苦しんだ農民たちは、ルターの思想的影響をうけ、大規模な反乱を起こした(ドイツ農民戦争1524-25)。
彼らは、農奴制の廃止や封建的地代の軽減を求めて戦い、特に、再洗礼派のトマス・ミュンツアーが率いた中部ドイツの戦いは一番激しいものとなった。
ミュンツアーは当初ルターの副音主義を支持したが、後に再洗礼派に魅かれて過激化し、教会の腐敗を激しく攻撃するが、最後には諸侯軍に敗れて斬首される。
一方、ルターは最初は農民たちを支持したが、しだいに過激化する農民たちをみて、彼らを「殺人強盗団」とののしり、諸侯らに「狂犬同様に絞め殺してしまえ」と過激な発言をした。
その後、ルターの支持を得た諸侯軍は、反撃に転じ、農民反乱を鎮圧する。このことで、貧民層・農民はルター派から離れ、富裕な市民・農民・諸侯はルターを支持するものが増えた。
そうして、ルター派の諸侯は、領内の教会の首長として、領内の教会の支配権を握り(領邦教会制)、修道院の解散などの改革を進めていった。

●その後
ルター派諸侯とカトリック諸侯(神聖ローマ皇帝を含む)は、その後も争いを続けるが、国内の混乱を恐れた両者はついには妥協して、1555年アウグスブルクの和議を結ぶのだった。ただ、この和議が不十分で、世界史上初の国際戦争であった、ドイツ30年戦争の火種になっていくのだった。

さて、長くなりましたが、ルターから見た宗教改革はこれにて閉幕です。また機会がありましたら、カルヴァンとかも書いてみたいです。

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