大航海時代の裏に、宗教改革 その1::歴史雑学
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大航海時代の裏に、宗教改革 その1

2005-10-19 ; 歴史雑学

大航海時代のヨーロッパでは、外には航海者たちが財宝を求めて冒険に出ていましたが、国内では苛烈な宗教改革・戦争が起こっていました。
今回は宗教改革と宗教戦争について語ってみます。

●宗教改革が起こった要因
■ヨーロッパ各地で教会が分裂を起こし、教会や教皇の中央集権が薄れ、それに伴って、教会が世俗化・腐敗が進んだ。それを批判するフスやウィクリフが現れた。
■ルネッサンスを代表するエラスムスの「愚神礼賛」などの作品が登場したことと、ドイツのウイヒリンらによって、聖書の学問的研究が進んだ。
■国王の中央集権化が進む中で、独立した勢力であった教会勢力とぶつかった。
そんな中、フィレンツェの大富豪メディチ家出身のレオ10世はサン=ピエトロ寺院改修の資金集めのため、ドイツでの免罪符の販売を許した。
その背景には、カトリック教会では、罪を告白し、悔い改めた者に、祈りや巡礼、金銭の喜捨などの償いを課した。罪の償いを金銭の喜捨で免除できるとしたのが贖宥状(要は、お金を払ったら、罪を免除してあげるよというもの)であるが、中世末には贖宥状は教皇庁の財源をまかなう手段として乱用され、贖宥状を購入すれば罪そのものが許されるという考え方が広まっていたという。
この当時のドイツについては、神聖ローマ帝国その3を参考に。
また、ドイツ国内は、皇帝の権力が弱く、教皇に対抗するような勢力がなかったので、教皇レオ10世は、ドイツでの免罪符販売を許したのだろう・・・。しかし、この免罪符の販売がマルティン=ルターの批判を浴びることになる。ルターは1517年にウィッテンベルク城教会へ「95カ条の論題」を叩きつけ、これをきっかけに大規模な宗教改革へとヨーロッパは突入するのであった。

●主観的宗教戦争が起こった要因
技術革新が進むと、従来の支配体制では国は維持できなくなってくる。
この時代は、中世と近世がちょうど入れ替わる時期なのだが、閉鎖的な封土の中だけで完結していた経済は、技術革新・流通(ギルドの発展)などによって、遠く離れた地域との交易が発達してきた。
それに伴い、商業で身を立てる富豪が出現し、それに取り残された貴族は没落していく。
そうして、封土が意味をなさなくなってくると、封建制度は崩壊する。また、既得権を維持しようとする没落貴族と、現状に見合わない地位しか与えられていない富豪双方から不満が出て、一触即発の状態になる。
そんな中、力を持っているが、地位を与えられない豪族らは、宗教改革を景気に国内で新しい権力構造を作り出そうとする。
特にドイツでは、国内が分裂状態だったので、その様子が浮き彫りになり、ルターには多くの富裕層が味方をし、権力を高めていったのだ。

後ろの主観部分はざざっと、読み飛ばしてください・・・・。

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