サファビー朝::国家の歴史
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サファビー朝

2005-06-11 ; 国家の歴史

縫製職人のみなさんがこもっている、ホルムズとバスラ・・。
ここって、オスマンの領土がひとつもないことにお気づきですか?
実は、このへんはオスマン帝国ではないのです。
では、どんな国家が攻防していたのだろう?
1501年にイラン系のイスマイール1世は、イスラム神秘主義集団のトルクメン7部族によって支持され、ダブリーズで即位し、1510年にはイラン全土を支配するに至る。
このイスマイール1世のたてた王朝こそ、サファビー朝ペルシャである。
ペルシャ人は長い間トルコ人の支配に甘んじており、ササン朝以来(651年に滅亡)念願の王朝であった。

この1510年、ポルトガルがゴアを陥落させた年と同年である。

サファビー朝はオスマン帝国では異端とされた、シーア派イスラム教を国教とし、オスマンと対立した。
また、オスマンの王をスルタンと称するのに対抗して、ペルシャ古代からの王の名であるシャーを採用した。
この王朝で注目すべきことは主観ではあるがひとつ、
「宗教がイスラム教であったこと」である。
ササン朝ではゾロアスター教が信仰されていたが、ペルシャ人はペルシャ固有の宗教は失っていたのであった。

サファビー朝は第5代のアッバーズ1世(位1587~1629)のときに最盛期を迎える。
彼の代に首都をイスファファンに移し(1597年)、サファビー朝はおおいに栄えた。
「イスファファンは世界の半分」と称され、イスタンブールと並んで世界最大の都市のひとつとして栄えた。
人口は8万人から70万人に増えたといわれている。

ゲーム内ではめけの勝手な主観によると、1510~1530年の間であるため、ホルムズはサファビー朝の領地である。
ここで出てくるNPC艦隊も、オスマン艦隊でなく、イスラム朝艦隊として、名前がオスマンでないことを示している。
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