ハイレディン=バルバロッサ::人物列伝
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ハイレディン=バルバロッサ

2005-06-09 ; 人物列伝

大航海時代真っ最中・・・

時代はスペインとポルトガルの海外進出に沸いていた時代・・。
スペインはアルジェを攻め込み、バルバリア海賊を殲滅せんとしていた。それは、西地中海の制海権を取るとともに、キリスト教徒にとって脅威であったバルバリア海賊をはじめとしたトルコ海賊を沈下するためだった。
スペイン軍隊は見事、バルバリア首領「赤髭ウルージー」を討伐した。首領を討伐したことで、アルジェを陥落させず、意気揚々と帰国するスペイン軍隊。
これが・・スペイン、しいては西地中海沿岸のキリスト教国にとって悪夢の始まりだった。
ウルージの弟、ハイレディンはまず、アルジェ一都市ではキリスト教国家と戦うには不利とみるや、同じイスラム教国であるオスマントルコにアルジェを献上する代わりに、アルジェを守護させることを約束させた。
ハイレディンはバルバリア海賊首領であるとともに、アルジェ総督の地位を得た。
1519年にはスペイン海軍を打ち破り復讐を果たす。
一方、オスマントルコは1522年に十字軍によって占領されたロードス島を占領し、東地中海の覇権を握る。
このころの西地中海はどうだったんだろうか・・・
ハイレディンのトルコ、ハフス朝のチュニス王国、「地中海の鮫」ことアンドレア=ドーリア、マルタ島のヨハネ騎士団。
このあたりが、西地中海の武装勢力であった。
アンドレア=ドーリアはジェノバ出身で、傭兵隊長であった。フランスに雇われるが、後にスペインの海軍司令官になる人物である。
ハイレディンは1534年にチュニスを陥落させ、ヴェネチア領コルフ島にその勢力を伸ばそうとする。
それに対し、ヴェネチアはローマ教皇に援助を求める。教皇はそれに答え、ヴェネチア、ローマ教皇軍、スペイン海軍の連合艦隊が結成された。指揮官はアンドレア=ドーリアであった。
連合軍側6万
オスマントルコ海軍2万
まともに戦えば、ハイレディン率いるオスマントルコが敗北するのは明らかであると悟ったハイレディンは、プレヴェザ沖で奇襲をかける。
これが、後にいうプレヴェザの海戦。
アンドレア=ドーリアは、スペイン王の自国の利益だけを考えた態度に辟易していたし、連合軍それぞれも思考はスペイン王と同様であった。
そのため、アンドレア=ドーリアはまともに戦う意志がなかったといわれている。
そんな要因もあって、ハイレディンはプレヴェザの海戦に勝利し、西地中海の覇権を握る。
こうして、バルバリア海賊の勢力は好き勝手に海賊行為ができるようになり、ヨーロッパ中を震撼させた。

ゲーム中では、チュニスがオスマントルコの同盟港であって、領地でないので、1534年以前であると推測される。





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