魔女裁判官ジャン・ボダン::人物列伝
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魔女裁判官ジャン・ボダン

2005-09-18 ; 人物列伝

大航海時代が幕開け、西欧の人々は目覚しい科学技術の発展をなしとげ、西欧近代の始まりと歴史の教科書には書かれています。
しかし、大航海時代も中期に入ろうとする、1530年に歴史上最も悪名の高い魔女裁判官がこの世に生を受けます。
彼の名はジャン・ボダン。以前一度歴史ファンでも紹介させていただきましたが、彼の詳しい資料が手に入ったので、ここに記述しておきます。さまざまな残酷極まりない所業であったジャンですが、彼は熱狂的で信仰心の厚いキリスト教徒であって、彼は、自分の行動は純粋に神のために行ったことであると信じていました。

●ジャン・ボダン
1530年にフランスのアンジェに生まれ1596年に死亡。彼は、憑かれたような使命感を持って「魔女裁判」に情熱を傾ける。50歳のとき「悪魔憑き」という悪魔学の書物を刊行。おどろくことに、悪魔憑きはその後20余年にわたって10版を数えるほどの大ベストセラーとなる。彼の書物は魔女狩りの先導役を果たしたかのように。
この書物は、魔女や妖術使い(魔女の男性版)の審理を担当する裁判官に、その考え方や特性を理解してもらう為の手引書としてかかれたのだが、内容は、みずからが手がけた審理の実例をあげ、必要以上の徹底的な糾弾を他に強要していたという。
■審理の内容の一例
「被告が共犯者を自白しても、それを理由に罪を軽くしてはならない」
「容疑者は、嫌疑をかけられたこと自体、拷問をかけられるに十分な理由となる」
「したがって、一度告発された者は、もはや釈放など考えられない」
「かれらに神への畏怖を教えるには、いずれ消滅する肉体だが、その肉に熱い鉄で烙印を押すしかない」
■ジャン・ボダンの定義する魔女と妖術使いとは?
神の法を知りながら、悪魔と契約を結び、正しい道からはずれた行為をしたもの。
と定義されている。だから、すこしの同情にもあたいしないとする。実際、ジャン自らの裁判では、老幼とわず、病人・精神疾患と思われるもの全てに平等に容赦の無い拷問を加えていた。

このような、今から見ると倫理のかけらのない思想であるが、ジャン・ボダンにはこんな一面もある。
■国家の粛清者リストに入っていた
彼の著作の多くは、異端審問所の検察官から有害視され、またカルヴァン派(フランスは当事、新教(カルヴァン派)と旧教徒(カトリックの間で宗教戦争をしていた)への寛容を示したことから、新教徒への疑いをかけられ、粛清されるべき人物のひとりとしてリストに挙がっていた。
ジャンにとっては、神に対して帰依することには変わりは無いのだから新教に対しては寛容であったみたいである。
■ローマ法の教授であった
国家論の著者としても知られ、ローマ法の研究をしていた学者であった。また、弁護士も開業しており、代議士として選出されたことも。
彼は、当時の第一級の知識人であり、今の日本で言えば、東大の法学部の教授兼弁護士で、選挙にも出馬し、衆議院にも選ばれたといったところか・・。

純粋に神を信じ、それを研究することによって、後世に信じがたいほどの大きな悪名を残してしまったのは、歴史の皮肉である。

本日はINできてませんので、商館在庫情報はなしです。

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