フランク王国 その2::国家の歴史
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フランク王国 その2

2005-09-08 ; 国家の歴史

前回は、カールマルテルのお話までしました。ここまでの話がややこしいので、いったんまとめてみます。
フランクはいっぱいの部族にわかれていて、その中のサリ族がボスになって、王様になった。これがメロヴィング家で、メロヴィング家の王様たちが馬鹿息子ばっかだったので、宰相が実権を握るようになって、その宰相がカロリング家だった。
その間にも、フランクの領土は、ライン川東からフランスにまたがる大きな国になっていましたとさ。
さて続きいきます。

●カロリング朝
カールマルテルがイスラムを退ける少し前、ビザンツ王国皇帝レオ三世は、聖像禁止令を発布したために、ローマ教皇はビザンツとの仲を断絶した。そのため、ローマ教皇は新たな庇護者を探していた。
その白羽の矢が当たったのがフランクで、ローマ教皇はトゥールポワティエでのフランクの戦いぶりを聞いて、フランクにローマ教皇の保護者と認めようと申し出たが、カールマルテルはこれを断り、二年後に没する。
彼の死後に宰相となったのが小ピピンで、751年にフランクの実権を握ると、メロヴィング家の最後の皇帝ヒルデリヒ二世を廃し、教皇ザガリアスの支持を得て、カロリング朝をひらく。
この一連のクーデターに対し、ザガリアスは、
「王の力のない者が王たるよりは、力のある者が王たるべきである」とのべて、ピピンを支持するかわりに、教皇を脅かすロンバルド族(イタリアに定住)の討伐を命じた。
カロリング朝をおこせたピピンは、教皇の要請に答え、イタリアに遠征し、ロンバルド族を討伐すると、ラヴェンナ地方を教皇に寄進した。(ピピンの寄進、755年)また、この寄進が、後の教皇領のはしりとなっていった。

●カール大帝とフランクの分裂
小ピピンの息子がかの有名なカール大帝(シャルルマーニュ)で、彼は弟とともに王を継いだが、771年には弟の死で単独の王となる。
まず、774年にローマ教皇の要請によって、イタリアのロンバルド王国を滅ぼし、北ドイツのサクセン族と30年にもおよぶ長い戦いの末に屈服させ、彼らをキリスト教化することに成功する。
サクセン族との戦いの間には、中央ヨーロッパに侵入してきたアジア系のアヴァール人と戦い(791-799)、これを撃退し、フランクの勢力はドナウ川中流域まで拡大した。
ヨーロッパ西部では、イスラム教徒と戦い、スペイン東北部を獲得し、この領土が後のポルトガルやスペインの元となる。
こうして、カール大帝は、西はスペイン東北部から東はエルベ川、南はイタリア中部にいたる大帝国を築き上げ、この領土内には西欧の主要都市がほとんど含まれていた。
800年には教皇レオ三世はサン=ピエトロ大聖堂でカール大帝にローマ皇帝の帝冠を与えた。(カールの戴冠)
さらに、教皇レオ三世は、フランクが旧西ローマ帝国の領地を統一したのを見て、カール大帝に西ローマ帝国の権威を与えることによって、フランクとの結びつきを強化するとともに、東ローマと対等の権威を作り出そうとした。
812年にヴェネチアその他を東ローマに与えることによって、ようやく東ローマもカール大帝を承認したのだった。
この一連の流れによって、ゲルマン民族の大移動から大混乱をきたした西ヨーロッパもついに統一がはたされ、西欧文化圏として以後歴史を歩むことになる。
カール大帝の孫の代になって、フランクは3つに分裂し、それぞれ、ドイツ・フランス・イタリアの原型となる。

次回はフランクのまとめです。

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    Comment

    シュリーマン : 2005年09月08日(木) 22:33 URL edit
    はじめまして。
    とても面白く読ませていただいています。
    これだけの内容と量に感心しきりです。
    では、失礼します。
    meke : 2005年09月09日(金) 00:27 URL edit
    シュリーマン様>>
    コメントありがとうございます!
    読みつらい文章ですいませんです・・。
    これからもよろしくです^^
    (^w^) : 2010年07月20日(火) 00:11 URL edit
    ピピンが王になるためには何が必要ですか?
    塗油の儀式はピピンに何をもたらしたのですか??教えて下さい(^w^)
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