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ヴェサリウス DOLNPCシリーズその13

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2009-05-19 ; 人物列伝

ヴェサリウスはパレと同じく現代につながる医学に多大なる影響を及ぼした人物です。

教えてくれるスキルも外科と駆除という医者らしいものになっております。
彼はパトヴァを中心に活躍した医者なのですが・・・なぜかバレンシアに・・・。パトヴァといえばDOL内ではヴェネチアが一番近い場所になります。

●異端児アンドレアス・ヴェサリウス(1514-1564)
ヴェサリウスは都市国家ブリュッセルで医者の息子として生まれる。父は時の皇帝マクシミリアンと血の繋がりがあったため(私生児なので、正当な血統ではない・・)、皇帝の薬剤師として仕える。
そのような家庭出身であったので、彼はルーヴァン大学・パリ大学で医学を学び、ここで当時の解剖学で一般的であったガレノスの学説を学ぶ。
ガレノスは古代ギリシャの医者(天文学や哲学にも詳しい)で、解剖学の本を多く残し、中世ヨーロッパでは広く受け入れられガレノスの書があるので実地の解剖は必要ないとまで言われていた。
フランスと神聖ローマ間での戦争もあり、最終的にヴェサリウスは現在のイタリアにあるパトヴァ大学
で博士号を取得し、そこで教授になる。
パレのお話でも出てきたことだが、当時解剖を含めた外科は大学出身ではない床屋外科医があたり、内科より下に見る風潮があった。
しかしながら、ヴェサリウスは実際に人体を解剖し、観察することによって真実を確かめることを生徒に教え、実際に多くの解剖にあたった。
また、この人体解剖に関しては、パドヴァの裁判官らが協力し処刑者の人体を提供していたこともヴェサリウスの解剖を助けていたこともここに記しておく。
(ダビンチも人体解剖図を残していますが、彼は自室でひっそりと解剖を行っています。人体解剖はまだまだ批判の多いものだったのです。ヴェサリウスがこれだけ公の場でずっと解剖をし続けられたのは周囲の協力あったのこと。彼はなかなか人望が高い人物だったのでしょうね。)
そして、ヴェサリウスは、1541年いよいよガレノスの学説にメスを入れはじめる。
彼によると、ガレノスの解剖書は人間に基づいて書かれたものではなく、猿を元に書かれたものであると主張した。
(実際に古代ローマでは人体解剖が禁止されていたので、ガレノスは猿を解剖し研究ししていた。)
この主張は、ガレノスを支持する保守的な医者から痛烈な批判を受け、彼が亡くなるまで延々と論争を引き起こすことになる。
そして1543年に有名な解剖学書「ファブリカ」を出版。ファブリカは近代的な解剖学の祖とされている。
余談ではあるが、バーゼル大学にある現在残る最古の骨格標本はヴェサリウスが1543年にバーゼルで行った公開解剖の後寄進されたものである。


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