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ファルネーゼ公爵 DOLNPCシリーズ その12

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ヴェサリウス DOLNPCシリーズその13
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2009-05-17 ; 人物列伝

今回は割りにメジャー?な人物です。
セビリアにいるファルネーゼ公爵ですが、スペインにいるよりイタリアにいたほうが似合いそうな家ですね。

●ピエール・ルイージ・ファルネーゼ
ファルネーゼ家はイタリアの名門貴族の家柄で、一族にはローマ教皇や枢機卿を輩出しています。
また、ピエールの時代にはパルマ公爵になったりもしています。
おそらくDOL内で登場する人物はピエール・ルイージ・ファルネーゼだと思われます。
ピエールは父がローマ教皇(パウルス三世)だったこともあり、1503年ローマで生まれます。
1523年には軍人となり、妻がオルシーニ家(DOL内では有名??)出身だった縁から1537年にオルシーニ家の持っていた伯爵位を獲得しました。
1545年にはパルマ公爵となり、公爵位を賜ります。三人の息子に恵まれ、長男は枢機卿に。次男はピエールの後を継ぎパルマ公になりました。
そして、1547年にイタリアで暗殺され、亡くなりました。
(スペイン王兼神聖ローマ帝国皇帝カール5世の陰謀で、この後、王の手の者がパルマ公国を占領しています。)
というわけで、1503~1547年と時代的にDOLにふさわしい年代に生まれています。しかしながら、イタリア生まれでイタリアで死亡と・・・あまりセビリアに似つかわしくないですね。
では、後を継いだ次男はどうだったのかというと・・・・、
ピエールの次男、オッターヴィオは1521~1586年の間に生きています。彼はカール5世の手のものからパルマを回復した人物です。
両人物ともセビリアとは全くつながりがありませんが・・・。あえて言うなら・・・カルロス(カール)と縁の深い人物だった?ということでしょうか。

※パルマ公国とは?
元々パルマとピアチェンツァはローマ教皇の所領で、ピエールの父であったローマ教皇パウルス3世がピエールに与え、二つはそれぞれパルマ公国とピアチェンツァ公国となりました。
この両公国は実質1731年のファルネーゼ家の断絶まで存続します。
その後スペイン・ブルボン家のものとなり、1860年後にイタリア王国となるサルディニア王国へ編入され、公国は消滅します。
ご参考までにパルマ公国の地図を。
emilia.gif
↑この地図にはパルマとピアチェンツァの場所が書いてます。
200px-Italy_1796.png
↑こちらは某WIKIから。この地図のピンクの部分はパルマ公です。


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