スポンサーサイト::スポンサー広告 ンジンガ・ンベンバ DOLNPCシリーズその10::人物列伝

ンジンガ・ンベンバ DOLNPCシリーズその10

-------- ; スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Entry Status
New >>
初心者の方の支援・・・とか考えてみよう・・
<< old
キャンペーンとリオ交易

2009-05-07 ; 人物列伝

ポルトガルの首都リスボンにいるンジンガ・ンベンバさん。彼がリスボンに佇む姿は何か物悲しいものがあると思いませんか?
実は歴史的背景も物悲しいものがあったのです。

●ンジンガ・ンベンバ(?~1550年)
ンジンガ・ンベンバはコンゴ王国の出身で、1506年に王となる。コンゴ王国は、1482年にポルトガルと接触し、ポルトガルの熱心な布教活動と武力での威圧により、1491年に国王一家が洗礼を受け、キリスト教徒になる。
コンゴ王国は、封建制の国家で、周囲の有力な諸侯の盟主として国王が成り立っていた。また、コンゴ王国はその位置がら交易を盛んに行い勢力を築いてきた。その交易品目は象牙・金・塩・奴隷!などであった。
王の一家がキリスト教徒になったのは、ポルトガルとの貿易を期待した側面もあったと思われるが、相手がよろしくなかった・・・。
話が最初に戻るが、ンジンガ・ンベンバは王になると、自国をキリスト教化しヨーロッパの優れた文明を取り入れ、ヨーロッパとの交易でさらなる国の発展を目指す。
そこで、王はポルトガル王マヌエル一世と貿易・技術協定を結び、ポルトガルとの交易を開始する。
ポルトガルはコンゴ王国がキリスト教化されたので、キリスト教使節団や技術者を派遣するなどしてコンゴ王の期待に応えるが、奴隷貿易が活発化してくると事態は一遍する。
ポルトガルの植民地拡大の結果、アフリカ諸国の奴隷を供給源にすることがはじまると、コンゴ王国との間でも奴隷貿易がはじまる。
王は人口の流出は国の衰退につながると考え、奴隷貿易をやめるようポルトガルに申告するがその言葉はあまり守られることなく、事実上奴隷貿易は続けられる。
また、元々中央集権が弱く諸侯がそれぞれの封土で独自の自治権を持っていた諸侯は、奴隷貿易のもたらす富のため、コンゴ王の奴隷貿易禁止の言を守らぬ者も出現し、結果として内部抗争に発展することになる。
こうして、コンゴ王国は衰退に向かったのである・・。

↓ぽちっと一発。
FC2 Blog Rankingに参加しております。
関連記事
Entry Status
New >>
初心者の方の支援・・・とか考えてみよう・・
<< old
キャンペーンとリオ交易

Comment

Post a Comment









管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://dolmeke.blog11.fc2.com/tb.php/1057-c75b5bea

歴史ファンの大航海時代 Home | Page Top▲

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。