レスター伯 DOLNPCその8-2::人物列伝
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レスター伯 DOLNPCその8-2

2009-05-01 ; 人物列伝

すっかり・・途中まで書いていたことを忘れていました・・・・。
余りに空いてますので、前回記事はというと、こちらになります。

・読むのめんどくさいよ!というあなたに簡単なあらすじ
カトリック教徒であったメアリーが王位につくと、同じくカトリックであったスペイン王フェリペより圧力がかかり、国教派(プロテスタント)への見せしめとして、第三王位継承者であったジェーン・グレイらをはじめとして、レスター伯(ロバート・ダトリー)の父ジョンらも処刑されてしまった。
そのほかのダトリー家の者は後にロバートも含め釈放される。
メアリー(カトリック派)の覇権も長く続かず、国教派の逆襲がはじまる・・・・。

●ロバート・ダトリー釈放後
1558年になると事態は一転する。これまで熱心なカトリック教徒だったメアリー一世が死去したのだ。
そうなると第二王位継承権を持っていたエリザベスがエリザベス一世として即位する。
エリザベスは、メアリー一世と異なり、国教派だったので、即座に国教会を保護する「国王至上法」を復活させると、事態は一転する。
エリザベス一世とロバート・ダトリーは幼馴染の仲で、エリザベス一世は密かに(おおやけに?)ダトリーのことがお気に入りだった。
そのこともあって、処刑者を出したダトリー家であったが馬の飼育係(当時は列記とした権威ある宮廷職業です。)に取り立てられる。これは、処刑者を出したものを取り立てることは、当時としては異例中の異例のことだった。
とはいえ、カトリックと国教会との争いの中での逮捕・処刑であったので政治的な意図もあったとは思うが・・・。
こうして、エリザベスのお気に入り?のダトリーは宮廷仕えとなる。
しかしながら、ダトリーはこのときすでに結婚しており、エイミーという妻がいたのである。このことが後の不幸に・・つながることに・・・。

1560年9月8日のことだった。
エイミーが階段の踊り場で倒れているのが発見される。すでに彼女はこときれていた・・・・。
この事件の様子は、エームズの絵画が詳しい・・。
180px-Amyrobsart.jpg
↑階段の踊り場で死亡したエイミー

この事件の後、エリザベスとダトリーの色恋の噂が秘密裏に囁かれるが、エリザベスは独身のままで、スコットランド女王にダトリーを結婚相手に推挙したりしてたので、真相は闇の中である・・。
(スコットランド女王が断るとわかっていて、世間の目線をそらすためという見方もできますね)
その後1563年にレスター伯の爵位を授けられ、ダトリーは初代レスター伯となる。
レスターはかなりのプレイボーイ(言葉が古いな・・・)で、あっちこっちの女性を口説いては関係を結んでいたので、それにエリザベスが嫌気がさしたのか、彼への寵愛が年々疎遠なものとなっていく・・。
1585年には、ネーデルラントのズトウェン包囲に参加し、オランダ総督となるが、バルネフェルトと対立し、失脚する。
(詳しくは、バルネフェルトの項を参照に)

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