「王の中の王」アレクサンドロス その5::人物列伝
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「王の中の王」アレクサンドロス その5

2005-08-24 ; 人物列伝

ヒュダスペス川の戦いに勝利したアレクサンドロスは、さらにインド東部に向けて軍を進めます。
しかし、ガンジス川流域に進出しようとするころには、出発以来18000キロを行軍していて、兵は疲れきり帰国を望む声が多くなります。
しかたなくアレクサンドロスは、きびすを返し、海路と陸路を使ってスサへ帰国します。
スサの地に数ヶ月とどまり、アレクサンドロスはペルシア人とギリシア人の合同結婚式をここで行います。
アレクサンドロスは、東方地域(旧ペルシア領)を統治するためには、その地の文化を尊重する融和政策が必要と知っていたので、このような合同結婚式が行われたのであった。
過去にペルシアが小アジアのギリシア文化圏を占領したとき、ペルシア文化を強制させようとして失敗したことを、アレクサンドロスは心得ていたのだった。
その後、前323年にはバビロンに歩を進め、この地で、ダレイオス三世の娘と結婚し、王自ら融和をアピールする。
しかし、その直後熱病に倒れ、前323年6月13日、32歳の若さで波乱の人生を閉じる。

●アレクサンドロスとは?
アレクサンドロスは、数々の不利な戦いに勝利してきたが、彼の最も優れた点は主観ではあるが、統率力だと思う。
ペルシア軍の圧倒的な兵数を目の前にしても、ひるまずに突撃させたことは、彼の圧倒的な統率力のなせる技であろう。
また、彼は個人の武に長けた人物であった。戦場で自らが目立つ格好をして、最激戦区に突入し、敵兵をなぎたおしていったのだから。
戦術家としてはどうだろう?
彼は、過去から現在までのギリシア文化が築き上げた戦術文化をかき集め、その優れた部分を戦闘で出していった。重装歩兵、投擲、エパミノンダスの戦術などなど。ギリシア兵の優位性があったからこそ、彼はペルシア軍と戦えたのだと思う。
この点がハンニバルと違う点で、ハンニバルは、兵の質・量ともにローマに劣っていたが、戦術のみで勝利した。
このへんが、ランキングで彼がトップな理由だと思います。
最後に、アレクサンドロスは戦略家としては、右に出るものがいない人物であったと思います。それがあったからこそ、彼は全ての戦いに勝利したのだから。

■アレクサンドロス大王の剣
正装度10 攻撃力60 剣術+2 戦術+1
さすがに実在の人物の剣の中では最も強力です。

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