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豪商ビッケル DOLNPCその6

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バルネフェルト議長 DOLNPCその5

2009-03-11 ; 人物列伝

今回は元ネタがなかなかわからず・・ハミル先生に教えてもらいました。
ビッケル家で有名な人物はビッケル兄弟といわれる兄弟で、アンドリース・ビッケルとコルネウス・ビッケルの兄弟が当てはまるということです。
あまり詳しく知っている人物ではありませんので・・どこまで書けるか・・。

●ビッケル兄弟
ビッケル兄弟は前回の登場人物バルネフェルトと同じく、評議会で権勢を誇った人物で、時代は前回のマウリッツから二代あとのヴィレム二世の時代になります。
17世紀初頭のオランダは世界一の経済力を持った国家に成長していました。その中心であったオランダ東インド会社と深いつながりがあったのがアムステルダム評議会でした。
オランダ東インド会社は、評議会出身のバルネフェルトが設立した組織でしたので、従来から評議会とは蜜月関係でした。
バルネフェルトが軍事統帥権を持っていたオランダ総督マウリッツに蹴落とされたのと同じく、この時代でもオランダ総督にとって評議会は自らより権勢を持った目の上のたんこぶでした。
話をビッケル家に戻すと、ビッケル家は1630年ごろもっとも権勢を誇った商人の一族でした。彼らは世界各地で貿易を行い莫大な富を稼ぎ出し。商業国家オランダの中心的存在でした。
当時、富を持った商人で構成されていたオランダ評議会の力はますます高まり、オランダだけでなくヨーロッパ中の経済を左右する存在となっていました。
このまま何事もなければ・・・よかったのですが、歴史はそうはさせませんでした。
1649年イギリスで清教徒革命が起こり、イギリス王ジェームズ一世は処刑されます。この結果イギリスでは共和国が誕生しました。
これを受けてオランダ総督ヴィレム二世はイギリス王室スチュワート家の王位回復のために力を尽くそうとします。
しかし、アムステルダムが属するオランダ最大の州であったホラント州がヴィレム二世に異を唱えます。ホラント州アムステルダムの評議会にビッケル家も属してましたので、ビッケル家もヴィレム一世のスチュワート家支持に反対します。(むしろ反対の中心勢力といってもいいくらいです)
これに対し、1650年軍事権を握っていたヴィレム二世は、反対勢力の粛清を始めます。
ヴィレム二世はアムステルダムを包囲・反対派を拘禁するなどして反対派を駆逐・屈服させようとしましたが、志半ばで病死してしまいました。
しかしながらこの粛清でビッケル家は評議会から排除されることになりました。

◆豪商ビッケル
・アムステルダム
・教えてくれるスキル
武具取引・工業品取引・釣り
・好み
財宝

なぜ・・釣り・・?

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Comment

: 2009年03月11日(水) 22:18 edit
このコメントは管理人のみ閲覧できます
PINO : 2009年03月12日(木) 16:53 URL edit
はじめまして~~。
いつも感心しながらブログを拝見しておりまする。もしよろしければ、リンクお願い出来ますか?(>_<)
ウルファ : 2009年03月13日(金) 13:17 URL edit
はじめまして^^
私の母国ネデの人物の歴史がわかってよかったです。
私もNotosですのでどこかで会ったらよろしくです(。ゝ∀・)ゞ
わたくしもリンク勝手にしちゃいました(。・艸・)ちょくちょく覗きにきますね~
めけ : 2009年03月13日(金) 20:09 URL edit
PINOさん、ウルファさん>>
はじめましてー
リンクありがとうございます!
こちらからも勝手にリンクしてしまいました・・。
不都合ありましたらご連絡くださいー
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