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アンブロワーズ・パレ DOLNPCその4

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2009-03-09 ; 人物列伝

今回は近代医学の祖パレです。すでにルクレさんあたりが書いてると思ってたんですが・・。
軽く触れておきます。

●アンブロワーズ・パレ(1510-1590)
アンブロワーズ・パレは現在に続く近代外科の基礎を築いた人物として後世に名を残している。
フランスで1510年に誕生したパレはパリの床屋に弟子入りして医学を学び19歳でパリのオテル・デュ病院で働いた。
当時床屋と医学は密接な関わりがあり、床屋外科医と呼ばれ大学で医学を学んだ者より格下に見られていた。
現在の基準で強引にいえば、床屋外科医=外科、大学で医学を学んだ者=内科となる。
話をパレに戻すと、パレはオテル・デュ病院で働いた後軍医として負傷した兵士の治療を行い、開放創、銃創の軟膏による治療、結紮による止血法で外傷、切断肢の治療などを行い、自身の治療技術と知識の蓄積が飛躍的に向上した。
この軍医としての経験の中で画期的な技術を彼は開発する。そのうちの一つは、銃創の治療に使ったといわれる軟膏である。
当時の銃創の治療には、煮えたぎった油をぶっかける(よけ悪くなりそうなんですが・・)焼灼止血法という方法が一般的だったのですが、パレによって軟膏による治療がはじまる。軟膏による治療のほうが焼灼止血法より予後がよく苦痛も少ないものだった。
パレの軟膏による治療法は兵士にも受け入れられ彼の名声は高まった。
もう一つは、彼が近代外科の祖といわれる技術で、血管結紮による止血法といわれるものだ。
これは、血管を糸で縛って止血する方法で彼以前にもこの技術はあるにはあったが、パレは切断肢断端の止血に血管結紮を使った。(切断肢断端の止血は当時焼灼法を用いていた。傷ついたら焼く・・)
1582年には彼の集大成をまとめた大外科学全集を発表し、この本は後世の外科の元となる。
最後に彼の言葉を記すことで結びとしよう。
" 私が包帯し、神がこれを癒したまう Je le pansay et Dieu le guarist ( I treated him, but God healed him )"


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